翌日の夕方になっても浅井は現れなかったが、真衣が見舞いにやって来た。
「どう、気分は?」
「うん。大丈夫よ。昨日はゴメンね」
「ううん。少しは落ち着いたみたいね」
「まだ、頭がまだボーとするんだけど」
「無理しないでゆっくり休む方がいいわ」
「ねえ」
「ん?」
「私、ホントに何してたの?」

 真衣は事の次第を言い聞かせるように話してくれた。 結子はぼんやりとその話を聞いていた。
 結子は大学の午前中の授業で牛の内科実習を受けていた。結子が体温計を牛の肛門に入れた時に胸を牛に蹴られてはじき飛ばされたようだった。
 倒れた時に頭を打って脳震とうを起こしたらしい。
 救急車で病院へ運ばれて9時間ほど意識が戻らなかったようで、病室に移動してからもしばらくの間、大学の先生と同級生たちが見守っていてくれたらしい。
 面会時間が過ぎたため親友の真衣だけが残って病室で見守っていてくれたらしい。

 そう、結子は大学の獣医学科にいる4回生の学生であり、獣医師の卵だった。
 結子は看護師でもなく、贈答品店で働いてもいなかった。
 定食が美味しかった「つるや食堂」もボロボロの「浅井家畜病院」も現実には存在しなかった。
 そう、浅井という獣医師に一目惚れをして恋をしていたのは意識を失っている間に見ていた夢だった。
 だから、いつまで待っても浅井がこの病院を訪れることはない。

真衣の話はすぐには受け入れられなかったが、時間が経つにつれて薄れていた記憶が戻ってきていた。

 結子は入院してから5日目に退院した。