それからの結子は土日の休日には「浅井家畜病院」へ通うようになっていた。
 病院内の掃除をしたり、診療へ行く準備を手伝ったり、カルテの整理をしたり、一通りの雑用をこなすようになっていた。

「今の仕事辞めてもらって、この病院に勤めて貰おうかな?」と浅井が言った。
「え?」
「冗談だよ。とても君にまともな給料は払えないし」
結子はそうしてもいいと思った。いや、できればそうしたかった。例え、小遣い程度の給料でも。

「痛っ!」
 指の先から真っ赤な血が滲んできた。
 左手の親指と人差し指で輪を作って、切れた右手の人差し指をぐっと握った。天井の蛍光灯から差し込む白い光に映えてあまりにも鮮やかな赤色だ。

「どうした?」
「アンプルで切っちゃいました」と結子は指を見せた。 これから牛の予防注射へ出かける準備でワクチンを注射器に吸っていた時だった。
「大丈夫?」
「はい」
 指には真っ赤な線が描かれていた。
 近づいてきた浅井は結子の人差し指を握ると自分の口に含んだ。指の先端に浅井の舌が触れている。
(・・・暖かい)

 結子は予期せぬ事態に戸惑ったが彼の行為はごく自然なようにも見えた。
(手も握ったこともないのに)

 自分の体内を流れていた血液が彼の口の中に飲み込まれたことがスゴク恥ずかしかった。
 高鳴る心臓の鼓動に併せて指先が脈打つのを気づかれないように祈った。