それから、「つるや食堂」ではその男、つまり浅井と同じテーブルで食事をするようになっていた。
 浅井は大学の獣医学科を卒業してから農業共済連の家畜診療所というところで6年間勤めていたそうだが、去年、独立して開業したらしい。歳は33らしいので結子よりも10才年上になる。
 仕事が終わって浅井と一緒に夕食をするなんて、夢みたいなことが現実になっている。
 初めて出逢ってから半年ほどが経っていた。
 浅井は以前のように本をテーブルの上に広げて読み更けることはなくなっていた。
 読んでいた本は「臨床獣医」という専門雑誌らしく、牛の治療に関する文献が載っているらしい。
 忙しくてなかなか読めないので、夕食の時に読むようにしていたらしい。

「私に気にしないで読んでくださいよ」
「気にしなくていいよ。暇つぶしだったし」
「でも・・・」
「ところで、よかったら、今度、うちのボロ病院に遊びに来ない?」と浅井が言った。
「えっ、いいんですか?」
「じゃあ、今度の日曜日は?」
「はい!大丈夫です」

 住宅も兼ねている病院は浅井が言っていたとおりの「ボロ病院」だった。古い木造の平屋建ての民家を改造したらしく屋根瓦には緑の苔がチラホラと見えた。
 何となく屋根の線が歪んでいるようにも見える。家の中には蜘蛛の巣が張っているような気がした。
 結子はしばらく口をポカンと開けながら見ていたかもしれない。
(これが病院?)

 病院の入り口の扉の上には「浅井家畜病院」という看板が掲げてあった。
 木の板の上に白いペンキで、手書きで書かれているその看板は妙にこの「ボロ病院」にマッチしているような気がした。