「周りには全然、興味ないみたいね」と小さな声で真衣が言った。
「そうね」
「近くに、こんなにいい女が二人もいるのにね」
「ふふっ」
「もしかして、女性に興味がないのかな?」
「バカ!」
その時、男の携帯が鳴った。
着信音は黒電話だった。真衣が「ダサあ」と言う気がして手の平を挙げて真衣を押さえた。

「地味な着信音ね」と笑いを堪えるように真衣が言った。
「はい。浅井です。・・・そうですか。予定日はいつでした?・・・わかりました。30分ぐらいで行きます。・・・はい。それじゃ。」と言うと携帯電話を切った。
 
 男は本を無造作に畳んで湯飲みのお茶を一気に飲み干して席を立ち、勘定を済ませて足早に出て行こうとしている。
(あさいっていう名前なんだ)

 結子がボーっと男の行方を追っていると真衣が言った。
「結子!」
「え?」
「何してるの!」
「え?」
 真衣は席を立ち、その男がいたテーブルの上に置いてあったタバコとライターを取り上げて結子に見せた。
(忘れたんだ)

「早く!追いかけて!」
 真衣から男の忘れ物を受け取ると言われるがままに席を立ち、食堂の外へ出た。

 男は紺のサーフに向かって足早に歩いていた。結子はその後を走りながら追いかけた。
男が車に乗り込もうとしていた時だった。
「あ、のう」
 男は結子の呼びかけに気づいて振り返った。