僕は随分と彼女のことを知った気でいたけれど。

 何故タバコを吸うのか。

 そんなどうでも良いことがわからない。
 それが何となく、悔しい。

 だけど彼女は僕の質問に答える様子はなく、ただ黙々とモクモクと煙を吹き出すだけ。
 もう一度尋ねようかと思い、迷ったけどやめた。
 一度、彼女が酔った時に「しつこい男は嫌い」と信じられないくらい嫌そうな顔をしながら吐露していたのを思い出したからだ。
 「しつこい男」というのが何を指すのか、僕にはいまいちピンと来なかったのだけど、少なくとも今僕がしようとしたことは「しつこい」部類に入る気がしたのだ。

 そう考えて初めて、僕は彼女に嫌われたくないのだと気付き、なんだか少し混乱してしまった。

 そういえば、大学のキャンパスで彼女が楽しそうに同じ男と話していたのを何度か見たことがあるけど、あれはやっぱりボーイフレンドという奴だったのだろうか?
 もしそうなら、何故一言も会話を交わしたことのない僕の家なんかに転がり込んできたのだろう?
 僕と彼女の関係は一体何なのだろう?

 考えだすと知りたいことにはキリがなくて、僕は一度だけ机にしな垂れかかりながらタバコを吸う彼女に「燃やさないでくださいね」と釘を刺す。
 彼女は「ふぁーい」と気が抜けた返事をする。
 それが習慣とも言えない習慣で、その後は毎日時間を殺すように僕は読書に耽る。

 ただ、今日彼女から返ってきたのは気の抜けた返事ではなかった。

「君は何も聞かないんだね」

 驚いたけど、驚く前に反射的に「何をですか?」と聞いてしまった。

「うーん……いろいろ」

 彼女はタバコをくわえながら困ったように笑う。

 確かに聞きたいことはいろいろあった。そして正直な話、僕はそれを簡単に聞くことができたのだ。

 あの男は何?
 どうしてここに?
 何故僕の所に?
 何かあったの?
 どうして時々泣いているの?

 だけど、僕は何も尋ねなかった。

 なぜか?

 今ではわかる。
 怖かったからだ。

 言葉を交わして前進することで、僕と彼女の関係が取り残されるのが怖かったのだ。
 過去にしたくない。そうするくらいなら痛々しい停滞を僕は望んだ。