「どれだけ部屋を散らかしても、趣味嗜好を凝らしても、感情をたかぶらせても、私は人間にはなれなかった。人形人間にしかなれなかった。フフ……君みたいな人間人形に気付かされるなんて、これまた馬鹿な話だよね」

 僕は、何かを彼女に言うべきだ。
 優しい言葉を、甘い文句を、あるいは辛辣な罵声を。

 しかし何もでてこなかった。僕は人形だ。結局は人形なのだ。

「終わりにしようと思ったの。この部屋は君にあげる。良い部屋なの。日当たり良好でお風呂もセパレートだし……まぁ家具は君が揃えてよ」

 ――私はもう、何もないから。

 最後にそう言って。
 最後に皮肉を遺して。
 最後まで笑顔で。
 最後だからこそ笑顔で。

 彼女は右耳から自分の頭に弾丸を撃ち込んだ。
 砕けるピアス。
 
 乾いた音のあとにみずみずしい音が広がって渇いた音を残して生々しい音が床に染みる。

 僕は呆然と動かなくなった彼女を見つめる。赤い液体がフローリングの溝を通って僕の足元まで到達し冷えた足を濡らす。
 
 暖かい、と思った。
 温かい、だけなのに。

 僕にはわからない。
 彼女を愛していたのかもわからない。
 愛というものがわからない。
 
 人形のような人間。
 人間のような人形。

 その違いが僕にはわからない。

 だけど。
 だけど――きっと今となってはこんな言葉に意味なんてないのだろうけど。

「君は――涙を流せたじゃないか」

 僕は彼女の手から拳銃を奪い、彼女に倣って自分の右耳から頭に弾丸を撃ち込む。

 衝撃が――がががぼぼぼ僕くくをつつつつむむ。

 目めめの前にはたくさんのエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラー――……。

「こんなもの」

 
 
 拝啓。
 人間になれなかった人形から、人形でしか在れなかった人間へ。

「愛に比べれば」

 そう。

 愛に比べれば、こんなもの、些細なエラーに過ぎないのだ。

「――愛してる」

 僕は最後に記号に頼った。

 きっと彼女は「救いのない話ね」なんて笑うのだ。
 きっと彼女は「君は相変わらず人間だね」なんて笑うのだ。

 ああ――彼女には本当に笑顔が良く似合う。