僕の意思に反して、アナウンスは続く。

『Ver.497をインストール、もしくは検索機能を使用することで現状のエラーを解決できる可能性があります。それでも改善されないようならば、ラグニッツ社にご要望のワードを転送して頂ければ幸いです。インストール、もしくは検索を行いますか?』
 
「いい」
 
 彼女は言った。

「検索もインストールもしなくていい。君は壊れているんだから」

 そうだ。僕は壊れている。何を言おうとしたのか、僕にはわからないのだ。そんな曖昧なモノに対応する言語プログラムは存在しない。
 わからない言葉を言おうとする時点で僕は壊れている。

 だけど……だけど確かに僕は何かを彼女に伝えようとしたのだ。伝えなければいけない。そんな気がした。

「私はさぁ、この部屋では王様だったわけ。欲しい物は全部手に入れたしね。その一環として君も手に入れたんだよ……結構タイプだったから」

 そして赤く腫れた目で僕のガラス質の瞳を覗く。

「手に入れたと、思ってたんだよ」

「君は……僕は君の物だよ。君だけの人形だ」

 彼女は首を振る。昔プレゼントしたピアスがゆらゆらと揺れた。

「違うよ。君は人形じゃない。人形のように完璧じゃない。君は決定的に壊れていて、文句なしに壊れていて、どこまでいっても壊れていて、壊れているからこそ、君は人間だった」

 だから。

「だから愛してしまった」

「愛……」

「わかるでしょ? 君がさっき言おうとしたのは愛なのよ。愛なんて漠然とした魑魅魍魎を言葉にしようとしたわけ」

 そんなこと――できる筈がないのに。

「馬鹿な話だよね。『愛してる』っていう言葉を使えば済むの
に、君は使わなかった。人間ですら理解しきれない『愛』という概念を君は持ってしまったから、だから記号としての『愛してる』を使えなかった。優しいけど、救いはない。だけど、愛は存在するという希望にはなる」 
 僕にはわからない。

 『愛』という言葉は知っている。
 意味も、使うタイミングも、それを言う時の数パターンの表情も。

 なのに。

 僕には決定的に『愛』がわからない。

「君はどこまでも人間で、何から何まで愛しい人間で、だけど結局はただの機械人形」

 彼女は笑った。
 可憐な笑顔。
 
「私は、少し疲れた。王様に、所有者に、人間に、疲れた」

 それは、壊れたような場違いな笑顔。

「君を見ていたら私は思い出したよ」