何とかしたい。
 だけど、今の僕に何ができるというのか――いや、いつかの僕だって何もできやしない。

 予約して手に入れた限定盤のゲーム機も、あんなに気に入っていた低反発の枕も、戯れに購入してはまってしまった観葉植物も、いつも箪笥に収納されることがなかったお洒落な洋服も、今はどこにもない。
 
 空っぽだ。
 僕は思った。

 きっと彼女はずっとこの空っぽを抱えたまま生きてきたのだろう。
 何かを埋める為に、何かで埋めようとしたのだろう。

 必死に彼女を手繰り寄せようとして呟いた「どうしたの?」という言葉も、何に引っ掛かるでもなくガランとした空間に霧散する。
 僕はただ、沈黙を彼女に押し付けるしかなかった。
 
 ああ、笑顔がないだけで、どうしてこんなに辛くなるのか?

 答えは簡単。

 彼女には笑顔しかなかったのだ。

「なんかさ……なんかさ……なんなんだろうね……」
 
 彼女がポツリと話しだしたのは、たっぷり30分ほど泣きじゃくった後だった。
 声は掠れて、弱々しい。
 僕は何も答えられない。答える権利すらない気がする。

「私さぁ……この部屋が好きだったんだけどさぁ……なんでかなぁ……なんでこうなっちゃったのかなぁ」

 それは部屋の状態を指したのではなく、きっと彼女が歩んできた人生の中で、常々抱いていた疑問に違いない。

 ――なんで、こうなんだろう。
  
 心底不思議そうに首を傾げた彼女は酷く幼く、そして切なくなる程に脆く見えた。

「僕も……僕もこの部屋は好きだったよ」

 無理矢理搾り出したそんな見当外れの言葉にも、彼女は少しだけ微笑んでくれた。
 それは愚かな二人の延長線上の笑顔。ここまできて僕は彼女は愚行を繰り返す。
 
「部屋は……ね。うん、だよね。かなり良かったよねこの空間は。私はね、この部屋の中で死にたいとすら思ったよ。それくらい居心地も生き心地も良かった。私が望む全てがこの部屋にはあったから」
 
 だけどね――と彼女は続ける。
 
「君は私のこと、好きだった?」
 
 好きだった?

 そんなの――そんなの当たり前じゃないか。
 そんなの――言うまでもない事じゃないか。
 そんなの――どう考えても真実じゃないか。

 そう言おうとして、簡潔な言葉を伝えようとして――僕の唇と舌は死人のようにピタリと活動を停止した。
 代わりに喉の発声器から出たのは僕の声とは似つかわしくない機械音。

『対応する言葉が見つかりません』

 ――なんで、こうなるんだろう?