その日、俺は朝からソワソワしていた。
朝食も喉を通らず、秋と顔を合わせても、話が頭に入らず「どうした?」と聞かれ『何でもない』とごまかしてしまった。
 授業も全く耳に入ず、ノートは真っ白なままで、右下に「すみれ」と小さく書いた落書きを指でなぞり、ギリギリまで電話を躊躇っていた。
 ──昼休みへのカウントダウンが始まり、チャイムが鳴ると教室を出た。
 階段を上がり屋上の踊り場まで来て階段を下りた。
声が響く場所はダメだ。
広い校内を歩き回り、気づくと保健室に来ていた。
扉の前で入るか迷っていると、中から話し声が聞こえ、静かにその場を後にした。


『どうしよう……?』


ひたすら歩き回り、ふと窓から見えた校庭の桜の木を見てあそこならとケータイを握りしめ、小走りで向かった。


『はぁ、はぁ……』


青々と茂り風に揺れる桜の木の下には先約がいた。


『……どうしよう……』


困っていると男子生徒と目があった。


『あのさ』


話しかけると、耳からイヤフォンを外した。


『この場所少し借りてもいいかな?』


「別にいいけど。俺のもんじゃねーし。」


言い終わるとイヤフォンを耳にはめた。


『ありがと』


木の裏に回り深呼吸をした。
 さっきの人、前髪邪魔じゃないのかな?
邪念を振り払い、『よし』と気合いをいれた。
 今朝方、友紀ちゃんから聞いたスミレの番号を慌ててメモしたからか、自分でも何を書いたか覚えてないが、かろうじて読める汚さだった。


『ハァーー……』


 ケータイを開き、一つ一つ数字を確かめながらボタンを押し、最後に番号の確認をしようやく通話ボタンを押した。
 コール音が一つ二つと鳴る度、狂ったように動く心臓を抑えなから受話器の向こうに意識を集中させた。
 早く、早く!
目を閉じ待っていると、コール音が途切れ、「はい?」聞き覚えのある声が耳に届いた。


「……もしもし?」


警戒してるけど、確かにスミレの声だった。