学校が見え始めた所で、後ろから名前を呼ばれ足を止めた。


「晴斗くん!おはよう」


『東雲?おはよう』


振り返ると、とっくに行ったと思っていた東雲が走ってきた。


「晴斗くん、口元なんか付いてるよ?食べかすみたいな……」


『えっ!』


慌てて口元を拭うと、食べ終えたパンのカスが掌に付いた。


「なんか、レアなもの見た気分」


クスクス笑う東雲は、「そういえば」と話題を変えた。


「秋くんは一緒じゃないの? 先に行っちゃった?」


『秋は今頃、自分の家で寝てるんじゃないかな? 念の為休ませます。って秋のお母さんに言われたし。』


「そっか。」


 俺の思い違いかもしれないけど、東雲の表情が一瞬寂しそうに見えた。


『秋に用事?』


「あ、そんなんじゃなくて、あの……なんでもない」


秋が風邪を引いて以来、変に気まずくなる瞬間が幾度となく俺を襲っている。
 秋がいないと何も出来ないと再確認するのに、そう時間は掛からなかった……。
 ──ギリギリ授業が始まる5分前に学校に着き、騒がしい教室の前を抜け階段を一気に駆け上がった。


「ちょっ、待って!」


息を切らし、膝に手をつく東雲の頬は赤く、手で顔を扇いだ。


『大丈夫か?』


「キツい……」


わき腹を押さえ、手すりに掴まりながら一段ずつ上り始めた。


『あと少しだから、頑張れ』


「ハァッハァッ……先行って?!もう、無理!」


半分まで上ると、その場に座り込んでしまった。


「ゆっくり行くから、気にしないで? まだ時間あるし」


『……。』


どう返事をすれば良いんだろう?素直に東雲の言うことを聞けば、まだ余裕で教室までたどり着ける。でも……


「素直に分かったって言えばいいのに、良い子のフリ?」


『そんなんじゃないけど、置いていくのもさ』


「もー、そんな優しさいらないから、早く行って!」


背を向け、あっち行けと言わんばかりの仕草を見て、ようやく足を動かせた。


『じゃあ、先に行ってる』


東雲は黙っていた。ただ手をシッシッと払い、ワザとらしく長いため息をついた。


『ありがと』