──見慣れた通りに差し掛かっても尚、沈黙は続いていた。傘のせいか、東雲がさっきよりも遠くに感じる。


『なあ……』


この沈黙に堪えきれずそう切り出してはみたものの、その先が浮かばずまた沈黙がきた。


『──東雲って、下の名前なに?』


考えた末の質問がソレだった。
 それでも東雲は黙ったままで、顔が隠れて表情も見えず、一人モヤモヤしたまま歩みを進めた。


『ハァー……。』


 静かに吐いたタメ息は雨の中に消え、靴先に出来たシミを見ながら、憂鬱な日だ。と思った。
 ──その後も、何度か話しかけようと試みるも、口を開いてすぐ諦めた。返事が返ってこない相手に話しかけ続けるほどタフじゃない。
 雨脚が弱まった頃、ポケットの中で何かが震える感覚がして、ポケットを触るとケータイのバイブが振動していた。


『秋だ……はい』


「もしもし?」


電話にでると鼻声の秋が息苦しそうに呼吸をしていた。


『どうした?』


「どうしたじゃねぇよ!今、どこっ……?」


咳をしながら怒る秋の問に、辺りを見渡しながら歩いた。


『どこだろ?もうすぐT字路に着くけど』


目印になるものを探していると、電話の向こうで「遅い……」と言った声が微かに聞こえ、「アイスは?」と今度はハッキリと聞こえ『買った』


「アイスが溶けてたらまた買いに行かせるからな……。」


『あっ……』

そこでアイスの存在を思い出し袋を覗きこむと、汗をかいたアイスにまだ少し氷の結晶が残っていた。


「さっき、友紀ちゃんに毛布もらった」


『そっか、ちゃんと暖かくしてろよ?』


「うんっ……ゴホッゲホッ」


『咳出るから切るぞ?』


「うん、なるべく早く……」


『なるべく早く帰るから、じゃあな?』


「うん」


寂しげな声を出す秋に電話越しに微笑した。
 電話を切りケータイをポケットに入れると、コンビニ袋を目の高さまで持ち上げ、カップを押すと少し柔らかくなっていた。


『まだ、大丈夫だよな?』