どれくらい歩き、どのくらい時間が過ぎたのか、突然「たいくつ?」と誰に向けた言葉なのか、声に導かれるように顔をあげると、黄色い傘を差したあの少女が首を傾げ僕を見ていた。
 イヤホンを引き抜くと─…


「きょうも、たいくつ?」


再び聞かれ迷いながら『どうかな?……よくわかんない』と言葉を濁した。
 退屈かと聞かれれば退屈だ。今の僕はそう思いたくて仕方がなかった。
 不思議なほど今が楽しいと思ってる自分と、それを拒もうとする自分の中で葛藤してた。


『けど、君に会うまでは退屈だった、かな?』


そんな慰めのような言葉を呟いていた。きっと雨で届かないだろう、そう思っての呟きだった──


「じゃあ、タイクツさんはバイバイ?!」


その声を聞くまでは。


『え?!あぁ、そうだね……バイバイの途中、かな?』


気づくともの凄く近くにその子が来ていて、嬉しそうに目をキラキラさせ、俺を見上げていた。


「はい!」


『ん?』


黄色い傘から覗く顔から伸びた拳に目を移し、掌をそっと拳の下に差し出すと、ポトリと飴が落ちた。初めて会った日と同じ“しずく玉”と書かれた丸い飴。


「これたべるとね、タイクツさんとバイバイできるんだよって、ねえが言ってた!」


ねえ?……


『あ、ありがとう』


僕の手の中で小さくなったしずく玉を眺め、さっき見つけた飴玉と同じポケットにしまった。
飴を渡して満足したのか、水たまりで遊び始め、暫くするとその少女は空を見上げ、慌てた様子で帰って行った。
 振り向く事なくT字路の角を右に曲がったのを見届けると、静まり返った道で一人、意味もなく濁った水たまりを見つめた。


「お兄ちゃんバイバイ!!」


突然響く大きな声とそんな言葉が耳に届き、思わず笑ってしまった。
 何か返さなきゃ!ゆっくりと次第に早くなる足は、あの少女が消えた曲がり角で止まった。


『……って、いるわけないか』


そう呟いた時、道の真ん中辺りに大声で叫ぶ少女の姿が見えたきがして、 また笑った。


『慌ててたんだろうなぁ』


 水たまりを飛ぶ勇気なんてないから、周りを見渡し跨いで帰った。
“おかしい”なんて言葉何年ぶりに浮かんだんだろう?
 少しずつ増えていく飴玉の数だけ僕は笑い、あの少女が現れる。
やっぱり僕の毎日は退屈を抜け出そうとしているらしい。