スミレとは対照的に、白地に桜の花びらが描かれた浴衣を着ていた。
セミロングの髪は頭の上でお団子にされ、かんざしの飾りが揺れていた。


「晴斗は浴衣じゃないんだ?」


『うん、なにかあったとき浴衣だと動き辛いから。


「そっか。」


妙な沈黙があり、秋が口を開いた。


「これから東雲の妹迎えに行くんだけど、時間大丈夫かな?」


『俺たちは大丈夫だけど、な?』


「うん。」


『ただ、水沢がなんて言うかだけど』


秋の顔がひきつり、東雲と目を合わせる姿に自然と東雲に視線が集まる。


「あの、私のせいで迷惑かけてごめんなさい......!」


 みんなの視線が一気に集り、顔を赤くしながら俯く東雲に「大丈夫、俺も一緒に怒られるから。」と頭をなで慰めていた。


『俺とスミレも一緒に怒られるから』


「ありがとう。飴もね晴斗くんに会えるの楽しみにしてたよ?」


そういって笑った東雲と普通に話せた自分にホッとしていた。


『そっか。今日はアメくれるかな?』


 そんなやり取りの後沈黙が生まれ、そろそろ行こうか?と誰かが言い出すのを皆が待っているようだった。


『そろそろ行こうか?』


そう声をかけると「うん」と声がし、誰からともなくリビングを出た。
 玄関には下駄が二人分出ていた。
ひとつは鼻緒に桜の模様があり、もうひとつは淡い薄紫色だった。
 どっちがスミレのかは聞かずとも分かった。先に靴を履き秋と目の前で下駄を履く二人を待った。


「大丈夫かな?」


座ったまま足踏みをするスミレに手を差し出した。顔をあげたスミレは目を丸くし微笑んで俺の手を掴んだ。


「ありがとう」


「東雲も、大丈夫か?」


隣では秋が同じように手を差しだし、東雲は困惑していた。
その姿に胸が少しだけ痛んだ。
 ───家を出てから数分、無言のまま歩き見慣れたT字路まで来ると、俺とスミレをその場に待たせ、二人で妹の飴ちゃんを迎えに行ってしまった。


「東雲さんは、ハルが好きなんだね?」


『……うん。秋は東雲が好きだって』


「うん、見てるとわかる。」


なんでこんな事、スミレと話してるんだろう。


『今日、秋と話して東雲に会って思ったんだけど。多分、そうなって欲しいって思ってるからそんな風に見えるのかもしれないけど。東雲の気持ちが秋に少し傾き始めてる気がしてさ……』


 告白すると言った秋の真剣な顔が浮かんんで、何も言えずにいる自分がもどかしい。


「二人に近いハルがそう思うなら、そうなり始めてるんじゃないかな?」


『……俺愚鈍らしいから。
 気持ちに答えられなかった分、幸せになって欲しいって思う反面、すごく嫌な言葉とか浮かんできて。
 それこそ口にしたら自分を嫌いになりそうな、自分でも驚くほどの汚い言葉。』


「……誰でも考えるんじゃないかな?
口に出さないだけで。
口に出したら本当になっちゃうもの。
悪いことも、良いことも……」


最後に微笑んだスミレの瞳は、見たこともない哀しい目をしていた。その中に映る自分もまた悲しい顔をしてた。


『俺のせい?』


考えるより先に言葉が出ていた。
 何も言わないスミレは、フッと笑い「うん」と目を伏せた。
 スミレに手を伸ばし、小さな体をそっと抱き締めた。壊れ物を扱うように優しく……。


『……そんな態度取られたら勘違いするよ?』


「いいよ?」


ドキッ──
胸は苦しいくらいに素直なのに、頭がまだブレーキをかける。


『・・・。スミレが待ってる言葉、もう少しだけ待っててくれるかな?
ふたりが帰ってきたら恥ずかしいし。』


 腕のなかで頷くスミレの額にキスをすると、名残惜しい体を離した。
 知らぬ間に止めていた息を吐き、隣でうつ向くスミレの前に手をだした。


『暇なら、手繋がない?』


我ながら恥ずかしい台詞だなとお思いながら、繋がれた手に笑ってしまう。
 ────その後、その手は戻ってきた二人が見えた瞬間離れてしまった。
チラリと見ると、タイミングよくスミレと目が合った。
「恥ずかしいから」と逸らす仕草だけで寂しさなんて消えてしまうくらい、俺の心は単純なものに変わってしまった。
 好きな人の言葉ひとつで感情がめまぐるしく動き回るのを実感しながら、振り回されるのも悪くないと思った。
 

「にいちゃ~ん!」


 そう言って走ってきた飴ちゃんが、俺の足を抱き締め、ニッコリ笑うと空と同じ水色のアメ玉をくれた。
 約束の時間が迫るなか、水沢達が待つ公園へと足を動かした。