──漸く現れたバスは、俺達の前でゆっくりと止まった。


『やっと来た』


スミレの手を引きバスに乗り込むと、一番奥の向かって右側の席にスミレ座らせ、そのあとに自分も座った。
 濡れた傘を手すりに掛け、まばらな乗客を乗せたバスはゆっくりと走り出した。
 一度離れた手を自然と繋ぎ直し、窓に雨が叩きつけられ、自らの重みで筋となって落ちていくのをスミレ越しに眺めた。
 時折横顔を見つめては、振り向く前に視線を逸らして、を幾度か繰り返した。
 やがてバスが駅前のバス停に止まるまで、ただ手を繋いだまま一言も喋らず揺られていた──


 バスを下て傘を開くと、スミレを招き入れスミレの指示に従い、建ち並ぶビルの1つに向かって歩いた。
 弱まっていく雨を見ながら、それまで気にならなかった他人の目線が急に気になり、変にソワソワしてしまう。
 どう見られてるんだろう?
そんな事を考え始める頭の中をタメ息と共に吐き出し、空っぽにした。
 近づく自動ドアに視線を移し、傘を閉じると──


「喉かわかない?」


ずっと黙っていたスミレが口を開いた。


『え?あぁ……。』


「確か、入った所なにかあった気が……」


 その言葉通り、入って少し進んだ場所にファーストフード店があった。
数人の列に並び、何を頼むか相談するカップルを正面に見ながら、隣に目線を移すと真剣にメニューを見つめる横顔があった。


『フッ。子供みたい……』


口元が緩んでいくのが自分でもわかった。
 少しずつ進む列に合わせ、スミレが置いていかれぬよう離れた手を握った。


「ん?」


『うんん。なんでもない』


 ──やがて俺達の番になり、目の前には「いらっしゃいませ~ご注文はお決まりでしょうか?」と店員の営業スマイルを前に、スミレが坦々と注文をしていた。


「ハンバーガーセット2つ。」


『えっ?』


「え?」


驚く俺に、涼しげで子供のような笑みを見せ、店員の「お飲みは?」の言葉に俺の前からその表情が消えた。


「飲み物は、2つともコーラで!」


「以上でよろしいでしょうか?」


「はい」


会計を済ませて待ってる間スミレはずっと俺を見たまま、何か言いたげな顔をしていた。きっと勝手に注文したことを気にしてるんだろう。
 暫くして店員が「お待たせしました~」と声を掛けてきた。
バーガーセットが乗ったプレートを受け取り、窓際の席に二人ならんで座った。


「勝手に頼んでごめんね?」


『別にいいけど、……食べれるかな?』


ポテトをつまみハンバーガーを見つめた。コンクリートに打ちつける雨を見ながら、店内の騒音の中こんなのもいいかも、と思った。