再び靴紐を結び始めたスミレの髪を指に巻きつけ遊んでいると、勢いよく立ち上がったスミレに「いいかげんにして!」と怒られた。
 履き掛けの靴を脱ぎ、ブツブツ言いながらそのまま洗面所へと入っていった。


『……..。』


 ──暫くして戻ってきたスミレは、誇らしげに歩いてきた。


『あれ……?』


「ハーフアップにしてみた!これなら目立たないでしょ?」


セミロングの巻き髪は、短い髪の毛を巻き込みながら高い位置で結ばれていた。


『かわいかったのに』


「からかって遊んでたくせに」


『昨日触ってたけど全然気づかなかった。』


「っ!……意地悪……」


本当は“もう少し触っていたかっただけ。”なんて言ったら、顔赤くしてバカとか言うんだろうなぁ。想像して知らぬ間に笑ってる自分に気づいて苦笑いがでた。
 靴を履きながら、ずっと片方の靴紐を結んでは解きを繰り返していた。


『いつまでそうしてんの?』


「綺麗に結べなくて」


靴を履きスミレの前にしゃがむと、丁寧に靴紐を結んだ。
 靴紐が苦手なくせにどうしてコレにしたんだろう?靴底が少し高い靴は新品みたいに綺麗だった。


『雨降ってるから、汚れるぞ?』


「うん。でも、これ履くとハルが近くなるから」


スミレはゆっくり立ち上がると、「ほら!」と俺に近づいた。
 ──ドキッ
いつもより近い目線で、手を伸ばせばキスさえできそうなほど近い距離に、慣れたつもりでいたのに全然慣れていなかった。


『......座って。もう片方も結ぶから』


「うん」


そに場に座らせ靴紐を結びながら、落ち着かない鼓動をなだめた。


「晴斗?」


沈黙の中、覗き込み名前を呼ぶスミレに『なに?』少と言った声がキツくなってしまい、顔を上げると哀しそうな目が俺を見ていた。


『ごめん』


「どうしたの?」


『いや、思ったより近くて……』


「ドキドキしてくれた?」


『っ!からかってる?』


「そう聞こえる?」


『……ドキドキしてるって言ったら?』


 急に黙り込むスミレに、かける言葉もなく、結び終わった事を伝えると「ありがとう」と返ってきた。


『うん』


ぎこちない雰囲気の中、立ち上がり傘を一本、傘立てから抜くと玄関の扉を開けた。


『外で待ってる』


「うん」


 扉が閉まったのを確認し、ため息をひとつついた。
 まだ落ち着きのない心臓の音が、雨で聞こえない事にホッとして、スミレの言動に振り回されてる自分が滑稽で、少し胸が苦しい。