アキラがよく来るというその温泉宿には夕方前に着いた。予定していた時間よりも遅くなってしまったのは、途中で結構寄り道していたからだ。
 あたしは仕事上、古着屋を見つけるとどうしても入りたくなってしまうから、見つける度に寄ってもらった。アキラがジーンズにはかなり詳しいことには驚いた。穿いているクラッシュの入ったジーンズも六〇年代のリーバイスらしいし、実は着ている髑髏のTシャツも結構古いものらしい。

 アキラは興味津々なあたしに何も言わず付き合ってくれた。一緒になって色々と服を選んだりしていると、心がくすぐられているような感じがして嬉しかった。
 別に何かを買う訳ではないけど、そのひとつひとつがあたしには宝物だった。

「うわあ、凄くいい感じ」
「だろ、変に装飾してなくて、落ち着いててさ」
「うん、すっごくいい感じ」
 女将さんに案内された部屋はこじんまりしていて、二人だけなら十分な広さだった。今まで家族旅行なんか一度も行ったことがない。まともな旅行といったら中学の頃の修学旅行くらいだった。
 だから広くて豪華な部屋になんか通されたら、落ち着かないだろうと思う。

「あ、女将さん、家族風呂、空いてますか?」
「空いてますよ、ご用意しましょうか」
「お願いします」
「お食事は一九時でよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
 よく来るだけあってアキラは手馴れている感じだ。女将さんはあたしとアキラの分のお茶を淹れてくれて、「ごゆっくり」と綺麗な笑顔を残して部屋から出て行った。
 女将さんは多分20代後半だと思う。清楚で凛としていて、でも柔らかい笑顔が印象的で、物静かな感じの美人だった。

「綺麗なひとだろ」
「うん、なんだか憧れる」
 お茶に口をつけて、ゆっくりと息を吐いた。空調の利いた部屋で飲むあたたかいお茶は安心感を与えてくれる。

 あんな感じの女性になれたら、アキラに見劣りすることなんてないだろうな。でも、あたしにはちょっと無理そうだ。こんな男勝りの性格をしてるし、悲しいけど生きてきた、そして生きている世界が違いすぎる。女将さんはあたしみたいな腐れプッシーじゃない。