「勝手に産んだのはあんただろ。あたしは産んでくれなんて頼んでないよ」
「ふん、ならさっさと出て行けよ。ウリでもなんでもやって一人で生きていけよ」
 そう言われて、あたしは俯いて黙り込んだ。あたしはもう絶対にウリだけはしないと決めている。ただあたしみたいなガキがバイトして稼げる金なんて高が知れているし、今はこの家がなければ帰る場所すらない。
 俯いたあたしに唾を吐きつけて、母はトイレに消えた。

 あたしはここに居場所がない。それなのにあたしには帰る場所がここしかない。

 あいつの肌はあたたかかった。あの煽るような汗の香りに包まれていると、おかしくなりそうなほどに欲しくなった。あんな場所が欲しい。だけどそれはきっとあたしには大きすぎる、決して叶わない夢なのだろうと思った。

 頬を涙が伝うのを感じあたしは涙を拳で拭った。涙をあの最低の母には見られたくなかった。親を相手に勝ち負けなんてないけど、弱みを見せたらきっと母はあたしを嘲笑うに決まっている。

 唇を噛み締めて、左手首の切創を掻きむしった。この左手首に残る傷のひとつひとつがあたしの罪だと思っている。身体に傷をつけたって何も変わらなかった。心が沈むことはあっても、晴れることは決してなかった。
 強い痛みを感じて、あたしは顔をしかめる。

 不意にあたしの耳に届いたのは、母の嗚咽だった。あんな最低の母でも何かを悲しむのかと思い、思わず嘲るような笑みを浮かべる。もっと泣けばいいんだ、あんな最低の女。母には父がお似合いだ。あんな若い男なんかもったいない。むしろ手酷く捨てられてしまえばいいんだ。

 母の嗚咽はまるで何かに耐えているかのような軋みを感じさせた。どうしてこんな女が苦しみに耐えているのか、何かを軋ませていたのかは分からない。ただその軋みは少なくとも深い悲しみを感じさせる。もしかしたら母もあたしと同じように蔑まれて生きてきたのかも知れない。そう思った時、あたしは思わず自分の左手首を見詰めた。

 この傷はあたしの罪だ。でももしかしたら、あんな母でもこの傷のような罪を背負って生きているのかもしれない。あたしには難しすぎて深くは分からないけれど、あんな女でも罪を感じていたのかもしれない。

 あたしはただ、母の嗚咽が消えるのをじっと待った。