あたしはあいつのことを何も知らない。あいつがどんな仕事をしているのか、どこに住んでいるのか、携帯の番号やメルアド、それどころか名前すら知らない。

 あたしがオリジナルになったらきっと、また出会えると思っている。不安がないといえば嘘になるけど、でもあたしは信じてみようと思った。

 そういえばあたしを抱いたあの時、あいつは少しだけ悲しげな表情を見せてあることを語った。それはあいつがオリジナルであろうとするその理由の一つで、そして最も嫌悪しているドラッグに関することだった。

「も、持ってないよ、そんなの……」
 彼に抱かれた後、彼が見せた鋭すぎる視線に、あたしは驚きを隠せなかった。彼はどう見ても|非合法薬物(バッドメディスン)を愉しんでそうな外見だったし、彼が言うオリジナルには何の制約もないように思えていたからだ。
 だから彼からの「ドラッグなんかしてねえだろうな」という強く問い詰めるような言葉は、あまりにも意外だった。

「どうしたの、一体……」
 素肌に纏わりつく彼の汗はまるで媚薬のようだ。彼が見せた悲しげな表情がさらにあたしの心を煽る。

「俺のダチはな、ドラッグに喰われて死んじまった。母子家族だったのに、親よりも先に死んじまいやがった」
 あたしには分からない感覚。親よりも先に死んじゃ駄目って言葉をよく知ったかぶりの大人が言っていたけど、あたしにはあまりにもくだらなく思えていたから。だって勝手に産んで放置していたのに、今更あんな親に義理も節目もないだろう。

「ロクな母親じゃなかった。あいつはガキの頃から夜遊びをする母親を家で一人待ってたんだからな」
「そんな母親よりも先に死んじゃ駄目って、なんかおかしいよ」
「老死する母親を嘲笑う為に、ってこった」
 彼の友達はどうしてドラッグなんかに手を出したのか、それを語るような男ではないし、聞いたところでどうなるものでもない。でも少なくともそのドラッグに喰われた友達が、彼にとっては大切だったのは理解できた。オリジナルという何かを目指しているんだから、彼は無意味に行動を制約する人間ではないはずだ。

 彼は自嘲気味に笑い、サイドテーブルに置いてあるジョーカーを抜き咥えて火を点す。それが妙に様になっていて思わず魅入ってしまった。