金平糖*days

 ――と。
 廊下の向こう側から、ゴム底の足音が聞こえる。ここは特別棟の1階、一番奥。授業で利用されるとき以外はほとんど人気のない場所だ。あまり静かなので、時たま図書室代わりに使わせてもらっているくらいよ。見回りの先生かなとおもったけど、まだ下校時間までには間があるなあ。
 そう思っているうちに、足音はどんどん近づいてきてやがて止まった。続いてがたがたと引き戸を動かそうとする音。こっちの部屋じゃなくて、隣の準備室の方だ。
「先生ーっ、課題持ってきました!」
 すごく綺麗なテノールだと思った。廊下に響き渡る声。でも……どこかで聞き覚えがあるなあ。そう思って背伸びして覗いたら、ちょうど向こうも引き戸のガラス窓越しにこっちを見ているところだった。
 ……あれ?
「何だ、森永さんだったのか。向こうの廊下から人影が見えたから、先生がいるのかと思った。ほら、課題の提出が今日までだったでしょう。俺、授業中に出せなかったから今持ってきたんだけど」
 ぺらぺらと振り回す数枚のレポート用紙。それを手にしている男子は、私にとってとても身近な人物だった。
「先生なら、午後出張だって。準備室、鍵掛かってるでしょう。だったら、職員室の机の上に置いておけばいいんじゃない? 私、今ここの鍵を返しに行くから、ついでに持っていってもいいよ」
 よいしょとバッグを手にして、もう片方の手を前に出す。教室の中央にいる私が、戸口に立っている人の課題を受け取れるはずもない。とりあえず、意思表示のつもりだった。
「ううん、いいよ」
 そう言って、彼は手を引っ込めてにっこり笑う。
「だったら、ふたりでいかない? そのあと、駅まで一緒に帰ろうよ」
 墨色の学ランって大正ロマンも彷彿させる永遠の学生服だけど、似合わない人はとことん似合わないって思ってた。そう、たとえるなら彼なんか最適。
 牧田くんはアイドルスマイルのまま、夕日に照らされていた。