金平糖*days

すぐそこの北階段を複数の足音が下りてきた。思わず足を止めて、その一団を見送る。時間にして、ほんの90秒くらい? だけど、私にとってはそれが永遠にも思えた。
 ――臣くん、だ。
 心臓がものすごい速さで波打って、身体中を血液が駆けめぐっていく。生徒会の役員さんたちと一緒に臣くんは私のすぐ側を通り抜けた。そう、全然こちらなんて振り向かないで。
 見慣れてるはずの横顔が、とても遠い人のように感じられた。隣にいる髪の毛がさらさらロングの綺麗な人は確か副会長さん、何かの書類を見ながら楽しそうにおしゃべりしてる。
  うん、臣くんはとても明るい笑顔で仲間たちの中心にいた。だけど、あれは私の知らない臣くん、あんな表情は見たことない。顔をくしゃくしゃにして大口で笑うんだ、すごい意外だな。
 そう思った瞬間に、気付く事実。
 私、……臣くんのこと、全然知らないんだ。
 ずっと一緒にいたのに、累計したら多分他の誰よりも一緒にいた時間が長いのに。私は本当に何ひとつ、臣くんのことが分かってない。どんな色が好きなのか、どんな音楽を聴くのか、今一番好きな作家は誰なのか。話題に出てくるお友達も、実は顔と名前が一致していない人が多い。
 私が知ってるのは、私に話しかけてる臣くん。何も話さなくても、臣くんは私の色々をちゃんと分かってくれた。存在が当たり前すぎて、いつの間にか見失っていたのかな。
 私には私の生活があって、臣くんには臣くんの生活がある。
 だって、私たちは「家族」みたいなものなんだから。「いってきます」と仕事に出掛けたお父さんが「ただいま」って帰ってくるまでに何をしてたかなんて気にも留めてなかったみたいに、ただ登下校の時間を共有するだけの私たちだった。
 ――絶対、無理。こんなんじゃ、臣くんの「欲しいの」なんて逆立ちしたって考えつかない。
 笑い声と共に臣くんが教室に消えていった後も、私は足の裏に根っこが生えてしまったようにずっとずっとその場所から動くことが出来なかった。