金平糖*days

 ――くるみの気が散るといけないしね、この先しばらくは別行動しよう。
 いきなりそんな風に言われて、最初はちょっと意地悪な冗談なんだと思ってた。だけど、ひとりで帰宅した翌朝。いつもの電信柱の前に臣くんの姿はなかった。見れば、物置の軒下に置いてある自転車も消えている。寝ぼけ頭のままでも、この状況はしっかり把握出来た。
 けど、何なの。本当にいきなりだよ、臣くんは。
 私の知ってる臣くんは、とにかく信じられないほど優しい「お兄さん」だった。うん、今だってそうだけど、ずっと昔からそれは変わらない。スカートめくりしたり毛虫を鼻先に突きつけてきたりする男の子はいっぱいいたのに、一番一緒にいたはずの臣くんに意地悪された記憶はひとつもない。
 お願いすれば、何でも言うことを聞いてくれた。こんなのはちょっと無理かな……って半分諦めてしまいそうなことでも、臣くんに掛かれば大丈夫。
 中1のとき大好きだったアイドルグループのコンサートに行きたくて私が両親に駄々をこねたときにも、電車を乗り継いで遠い街の会場まで連れていてくれた。周りはみんな女の子だらけだったのに、臣くんはただニコニコしてたっけ。
 高校受験の時だって付きっきりで教えてもらったし、ストライキでバスが走らなかったときには本当は学校で禁止されている自転車の二人乗りで学校まで行った。……あ、もちろん運転は臣くんだよ。あの自転車、サドルが高くて私じゃ足が届かないの。
 あんまり簡単に「うん、いいよ」って言ってくれるから、かえって申し訳なくてこの頃ではあんまり頼み事もしなくなってた。
 このままだと臣くんなしでは何も出来なくなっちゃいそうなんだもん。それもどうかなと思って。おんぶに抱っこじゃ、鬱陶しいなと思われても仕方ない。子供じゃないんだから、自立しなくちゃって。
 ――ま、いきなりこんな風に谷底までどすんと落とされるとは思ってなかったけどね。