数日後、私は麻衣ちゃんと電話で話をした。
 麻衣ちゃんとは、私が広島に来てからもよくメールをしていて、友達の中で一番頻繁に連絡を取り合っていた。
 麻衣ちゃんは、看護学校を辞めてしまったらしかった。辞めて一応仕事はしているものの、自分も県外に行こうかなーと言っていた。
 中本さんとは、別れてしまったらしい。別れたのは、秋ごろ。十一月の半ば。二人の間で色々あったらしく、辛い想いを抱えていたみたいだった。
 久々に話した麻衣ちゃんは、とても穏やかで優しい雰囲気だった。色んな経験を経て、ここまで変わる事が出来たのだろう。何だか本当に素敵だった。麻衣ちゃんが一番幸せになれる道を、彼女自身が選ぶのなら、それが一番いい。
 私は彼女の幸せを願いたいと思う。
 私は麻衣ちゃんにも、例の日についてを話した。麻衣ちゃんにあの日の出来事を話すと、溢れんばかりの笑顔で(電話だから顔は見えないけれど)喜んでくれた。
 ――きっと付き合えるよ。
 彼女は、まるで自分の事のように幸せそうに、そう言ってくれた。それがとても嬉しくて、ここまで来られたんだよって伝えられた気がして、私は泣き出しそうになった。こうして一緒に喜んでくれる友達、心から応援してくれる友達は、きっと彼女だけなんだろう。
 応援してくれている友達なら沢山いるけれど、きっとその心中に、どこか諦めの気持ちはきっとある。兄がいつか「諦めろ」と言った時のように。麻衣ちゃんからそんな感情が微塵も感じられないから、だから、私も本当に嬉しかった。
 だけど私は“あの日の出来事”は話せても、兄や夕海に話した“あの事”についてを、何故か麻衣ちゃんには話せなかった。
 麻衣ちゃんに限らず、あの時夕海に詰問されなければ、私は誰にも言わなかっただろう。だけど本当に言いたくなかったら、たとえ詰問されても絶対に言わなかっただろうから、誰かに聞いて貰いたかったんだろう。誰かの意見を聞きたかったのだろう。結局抱え切れなくなっていつか誰かに話したかも知れないけれど、麻衣ちゃんだけには、きっと言えなかっただろうし、この先もきっと言わない。
 ドライブして、家に上がらせて貰って、それから色んな話をして、結局泊まらせて貰った。
 それを、彼女には話した。
 話してみて、みんな「好きになってくれてるんじゃないか」って、言ってくれるようになった。
 私は……。
 私は、分からない。
 傷付きたくないが故に「好きじゃない」と防衛線を張っているのではなく、本当に優人の気持ちは分からなかった。
 私には想像すら出来なくて。
 ただ。ただ……。“あれ”以来、彼から感じている気持ちが一つだけ、私の中にある。好き、じゃない、別の何か。だけど勿論、愛してる、なんて有り得ない。
 ――別の何か。
 だけどやはり、それを誰にも言わなかった。それが正解だという保証はどこにもないから。













 時は流れる。新年を、あと数日で迎える事になる。
 時刻は深夜一時。寝静まっている時間帯。
 真っ暗な部屋の中、カーテンの隙間から僅かに漏れる月明かりに照らされたカレンダーを、私は見つめた。
 来年は、私も二十歳になるんだ。歳を取らずずっとこのままでいられたら、どんなにいいだろう。
 私だけが何も、変わっていない気がする。友達はみんな、色んな出会いをして新たな環境の中、どんどん進んで行っているけれど、私だけは……。
 このままでいいのだろうか。
 そんな不安に駆られて、取り残されている気持ちになって湧き上がる焦燥感。だけど優人はこのままの私を大切にしてくれたのだから、このままでもいいのかも知れない。このままの私を、彼はいつか好きになってくれるだろうか。
 頑張って頑張って、いつか辿り着く場所が、優人であって欲しい。想い続ければ叶うんだって事を、私が証明したいんだ。それが、今迄ずっと応援してくれた人達への、恩返し。
 僅かな明かりさえも遮るように、シャッとカーテンを閉めると、私は身体を仰向けに倒し、ゆっくりと目を閉じた。
 もう少し、頑張ってみよう。
 それがどれくらいなのかも分からないけれど。
 どこまでやれば頑張った事になるのかも分からないけれど。
 ただ真っ直ぐに彼を想う事しか出来なくて。
 ただ馬鹿みたいに好きだと伝える事しか出来なくて。
 ただがむしゃらに頑張る、それしか出来なくて。
 

 頑張って頑張って、いつか辿り着く場所が――……


 優人で、あって欲しい。
 叶う未来(あした)を信じて、ただ歩いていくしかないんだ。
 どんな、結末でも。