俺の名は神谷美斗、職業、死神。
 突き刺すように冷たい雨が降っていた2月24日、持ち場すべての魂を運び終わった俺は、暇を持て余していた。
 退屈しのぎに地上へ降りていた俺の視界に、子犬のような瞳をした男の子が映った。
 その男の子は6歳くらいだろう、その子はこの雨の中、傘も差さずに病院の一室を見上げ立っていた。
 気まぐれな俺は、その子に近寄り同じ目線で見上げてみた。
 見上げた先には、俺達死神の好む霊気が漂っていた。
 どうやら、この子の母親がこっちの世界へ来たことに気がついた俺は、なぜか心が躍っていた。

(母親の死に涙を流さない子……かぁ)

 母親の魂を仲間の忍が、連れて行こうとした時、母親の眼に子供の姿が映り、母親は子供に『サヨナラ』を言わせて欲しいと頼んでいた。
 だが、忍は堅物な頭の持ち主。それ故に融通は利かない。
 忍は母親に死者が生存者に対し何かをするということは掟で禁じられていることを告げると、連れて行ってしまった。
 それから俺は、その子のことが気になって母親の葬儀の時間に様子を見に、下界に降りてみた。
 気が付けばとっくに夜が更けていた。
 葬儀中ずっとその子の様子を見ていて俺は違和感を覚えていた。だがその違和感が、その子供のどこからきているのか、俺にはまだ分からなかった。
 葬儀会場の外では、一人になった6歳の子供を誰が引き取るかを、コソコソと親族たちがもめ合っている様子を、その子は静かに細い目で眺めていた。
 その日、母親の妹夫婦に引き取られることが決まり、母親の妹の提案で最後の夜は育った家で過ごすことになった。
 時計の針が零時を差した頃、俺はその子の寝室にお邪魔した。
 子供はこの時間にはたいてい寝ているもの、そう思っていたが、その子はまだ起きていて窓から星を見上げていた。
 俺はその光景を眺めながらある衝動に駆られた。

「俺の元に置きたい!」

 死神になって以来、俺の楽しみは死者の魂を他の死神より多く天界に運び、そしてそれを喰らうことだった。
 そんな俺が、初めて魂を喰らうこと以外に興味を持ち、そして何より欲望が出た。そう、ただ一人の幼い子に……。
 しばらくその子を眺め、俺はこの子を自分の傍に置くための手段を考え始めた。
 そして一番、確実で迅速な方法を思いついた。
 この子の身辺の記憶操作だったら、周囲から騙せるのだからうまくいくだろうと踏んでいた。