籠鳥~溺愛~

「酔った私が悪戯してしまうかもよ?」

「………っ!」

 平然とそう言ってのけた鏡哉は、愕然と口を開けた美冬のグラスにチンと自分のグラスを重ねた。

「誕生日おめでとう、美冬ちゃん」

(え……?)

 正気に戻った美冬は、はっと鏡哉を見つめる。

 眼鏡の奥の切れ長の瞳が、まるでとても愛おしいものを見るように細められていた。

「鏡哉さん、何で知って?」

「私は君の保護者だよ。知らないことがるわけがない」

 本当は秘書の高柳を使って調べ上げたのだが、鏡哉はそこはあえて言わない。

「って言いながら、去年の誕生日は失念して祝ってあげられなかったからね。今年は存分に祝ってあげようと思ったんだ」

「鏡哉さん……」

「アミューズブーシュでございます」

 銀色に輝く皿の上にきれいに盛り付けられた小さなシューが饗される。

「ほら、食べて」

 鏡哉に促され、一つを口に含む。

(美味しい――)

 いつも食べているものも特別の食材を使っているのでおいしいが、やはりプロの作るものは次元が違う。

 だが美冬はそこで先ほどの話の続きを思い出した。

「鏡哉さん……いくら誕生日だからって、私、こんなことをしてもらう覚えはないんです。だって、私は――」

「私の可愛い子犬ちゃん?」

「違います!」

 からかう鏡哉に、美冬は膨れてみせる。

「違うよ、美冬ちゃん。私がほしいのはそんな言葉じゃない」

「え?」

「今日は君の喜ぶ顔が見たかったんだ」

「鏡哉さん……」

「ほら」

 鏡哉にプティサレを差し出され、条件反射でそれを口に含んでしまった。

 中にはサーモンが入っているらしく、何とも言えぬ味わいが口いっぱいに広がる。

「美味しい?」

 鏡哉が美冬を覗き込むように聞いてくる。

「おいしいです!」

 美冬は思わずにっこりと満面の笑みを浮かべた。

 するとそれを見ていた鏡哉の顔も嬉しそうにほころんだ。

「ふ、やっぱり美冬ちゃんは食べているときが、他の何をしている時よりも幸せそう」

「う……」

 図星を刺され、美冬は唸る。

「出会った時から食いしん坊だったからね」

 そう茶化した鏡哉に美冬は口をとがらせたが、もう先ほどのように「自分は家政婦なのに」というわだかまりは嘘のように消えていた。