――ドクン。
稜君の言葉に、私の心臓は大きな音を立てて、それと同時に、涙で滲んだ視界がぼやける。
「……んだよ!! どうせお前だって、そのバカ女に騙されてんじゃ……っ!!」
半ば自棄になったように、秀君がその言葉を発した瞬間、
「そんなに殴られたい?」
唸るような低い声を上げた稜君が、その胸倉をグッと掴んだ。
「ダ、ダメ……っ!!」
行き交う人達の、興味本位の視線が集まる。
「お願い」
服の袖を震える指で掴み、彼の茶色い瞳を見上げた。
だって、こんな所で稜君が人を殴ったりしたら……。
私が巻き込んだせいだ。
心臓が、今まで経験した事がないくらい、バクバクと大きな音を立てる。
そんな私に視線を落とした稜君は、ちょっと困ったように笑って。
「美月ちゃんは、優しすぎる」
そう言うと、秀君の胸倉からスッと手を離したんだ。
腰を抜かしたように、その場にペタンと座り込んだ秀君。
その真正面にしゃがみ込んだ稜君は、彼に静かに声をかける。
「二度と美月ちゃんに近寄らないでね」
そしてゆっくり立ち上がると、私の方に向き直り、
「行こう」
まだ震えの治まらない私の手を取って、ざわめきが残る人混みを掻き分けながら歩き出した。
「……っ」
繋いだ手の温もりと、少し前を歩くその広い背中が、すごく優しく感じて……。
私は、零れそうになる涙を何度も何度も飲み込んだ。

