「お前、一途ぶって最悪だな」
「――……っ」
どうして。
どうして、そんな風に言われないといけないんだろう。
フツフツと込み上げる怒りに堪えるように、握りしめた指にグッと力を込める。
「アホくせー。もう行こう」
秀君はそう言って、ちょっと怪訝そうな顔の彼女を、引きずるようにして歩き出した。
――瞬間。
「待てよ」
歩き去ろうとする秀君の腕をグッと掴んだのは、私の隣で、何も言わずに俯いていた稜君だった。
「りょ……」
思わず“稜君”と、彼の名前を呼びそうになった私に、静かに視線を向ける。
「……っ」
その瞳に、喉元まで出掛かっていた言葉を呑み込んでしまった。
だってその瞳が、今まで見た事もない、鋭くて暗い瞳だったから。
こんな所で稜君の名前を呼んだら、秀君にも彼女にも、もしかしたら周りの人にも、目の前のこの人が“川崎 稜”だという事がバレてしまうかもしれない。
「……」
今更そんな大事な事に気付いた私に、まるで“心配しないで”と言うように、本当に一瞬、優しい瞳を向けた稜君は、再び視線を秀君に戻す。
「……何だよ、お前」
背のあまり高くない秀君と、長身の稜君。
その稜君に見降ろされて、少し怯んだような声を出した秀君に、稜君が今まで聞いた事のない、低い声で言ったんだ。
「お前と一緒にするな」
「……」
黙り込む秀君に、稜君がもう一度落とした言葉は、すごく静かな声で紡がれた言葉のはずなのに。
「お前と美月ちゃんを、一緒にするな」
蒸し暑い空気を忘れてしまうくらい、鋭く、ヒンヤリとした空気をまとって響く。

