「佐々木さん。もうちょっと大人になりなよ」
「すみません」
「どうせ、彼だろう? 違うの?」
「いえ。彼の所に行きます」
杉本さんの目を真っ直ぐ見据えて、声が震えないようにお腹に力を入れる。
“絶対に、稜君の所に行く”。
心に決めて、誰に何を言われようと耐えようと、そう思ってここまで来たのに。
張り詰めた空気に、自分の手が震えている事に気付いた。
だけど、そんな私の頭上から聞こえたのは、
「意外と根性あったんだ」
そんな、よくわからない杉本さんの言葉だった。
「え?」
「いや、こっちの話」
思わず漏れ出てしまった間の抜けた声にも、杉本さんは特に声色を変える事もなく、淡々としている。
「仕事は?」
「向こうで日本語学校の講師をしようと思っています」
「ふーん……。この仕事に対しての気持ちは、その程度だったの?」
「……っ」
彼の一言に、私は拳を強く握りしめた。
私はこの仕事が大好きで、それは今でも変わらない。
――でも、それよりも。
「そっか。俺も見る目がなかったか」
人をバカにするようなその笑いに、握りしめた手が今度は悔しさで震え始める。
でもそんな風に言われても仕方がない。
傍から見たら、私は“男の所に行く為に、無責任に仕事を放り出す女”なのだろから。
「反論は?」
「いえ、ありません。本当にすみません」
小さく頭を横に振った後、何度目かもわからない謝罪の言葉を口する私に、また落とされる大きな溜め息。
「もういいよ」
「え?」
「そんな状態でいられても、こっちも迷惑だから。明日から、もう来なくていいよ」
それは事実上、“解雇”という事なのだろう。
「二週間分くらい、有給残ってるでしょ? 法律的にはそれでオッケー。他のスタッフには、今日仕事が終わったら俺から言っとくから」
冷たく言い放たれた言葉に、やっぱり少しショックを受けたけれど、全ては自分が望んだ事。
こんな感情を抱くこと自体、都合が良すぎるよね……。
「わかった?」
「はい。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
「はい。ご苦労さん」
そう言い放つと“もう話は終わり”と言わんばかりに、杉本さんはまたパソコンを開いた。
「本当にすみませんでした。失礼します」
もう一度深く頭を下げた私は、ゆっくりと杉本さんに背中を向ける。
荷物の整理をしないと……。
そのまま、ロッカールームに向かおうと、一歩足を踏み出した時だった。
「ねぇ」
「……え?」
杉本さんに再び声をかけられ、立ち止まった。

