結局、お父さんの悔しそうな「参りました」という投了で将棋は終わったみたいで、私がお風呂から出る頃には、もうお父さんとお母さんは二階にある寝室に上がる所だった。


「じゃーおやすみ、稜君!」

「ゆっくり休むんだよ」

「はい! おやすみなさい!」

すっかり馴染んだらしい稜君の笑顔に癒されながら二階に上がって行った両親は、さぞかし、いい夢を見るに違いない。

寝室のドアが閉まる音がして、両親の履いているスリッパの音が聞こえなくなった。

それと同時に、ニコニコしていた私に向けられた、稜君の視線。


「俺、大丈夫だった?」

「へ?」

「なにか粗相してなかった?」

それまでは普通にしていたのに。

お父さんとお母さんがいなくなった途端、稜君は心配そうにそんな事を言い始めたから、また笑いがこみ上げてしまう。


「笑い事じゃないよ!! 俺がどれだけ緊張したかっ!」

ちょっと顔を赤くしながら膨れた稜君の首に、スルリと腕を絡ませる。


「大好き」

私の突拍子もない行動に、稜君は目を大きくしてピタリと動きを止めた。


「美月ちゃん」

「なにー?」

「取りあえず……離れようか?」

「えぇー」

「しーっ!!」

目の前の稜君は、大きな声を出した私に慌てながら、リビングの扉をしきりに気にしていて、それがまた私の悪戯心を刺激する。

そのまま稜君の耳元に唇を寄せた私は、そっと囁いた。


「“好き”って言ってくれたら離れる」

「……」

首に腕を回したまま、至近距離で、そのキレイな瞳を見つめる私に、困ったように笑った稜君は、

「……参りました」

溜め息交じりにそう言って、私をギュッと抱きしめると、


「美月、愛してる」

鳥肌が立つほど低い声で、そんな言葉を囁いた。


「これでも足りない?」

「え? ん……っ」

そして、いつも私を翻弄する艶やかな笑顔を浮かべると、驚く私の唇を静かに塞ぐ。


「美月?」

「……」

「そういう美月も可愛いけど、まだまだ俺には勝てないと思うよ?」

その時間が、あまりにも幸せ過ぎたのかもしれない。


だから私は、航太君が言っていた“本当にどうしようもなくなった時”は、もしかしたらこのままこないかもしれない……。

そんな事を思って、少しだけ油断していたんだ。