ただただ驚く私に、稜君は“はいっ!”と、携帯を差し出した。
けれど、その画面はもう通話を終えて待ち受け画面に戻っていて。
「うち……来るの?」
「うん!」
呆気に取られる私の目の前で、彼は何故か楽しそうに笑っていた。
「だってさ、よく考えたら美月ちゃんパパと美月ちゃんママにちゃんと挨拶ってしてなかったし!」
「そうだけど」
「俺もバタバタしてて、今度いつ行けるかわからないから」
「……そっか」
考えないようにはしているのに、どうしても言葉の端々から連想してしまう。
これからまたあの世界に戻って行く稜君を思い出して、少しだけ胸が痛くなった。
「でもなぁ……」
そう言って、ベッドの上に胡坐を掻いた稜君は、今度は困ったように私を見上げる。
「ん? どうしたの?」
「いや、取りあえずキスマーク付けなくてよかったなぁって」
「はいっ!?」
「だって俺、パパとママが大事に育ててきた娘さんに手を出してる男だしさぁー……」
「何それー」
何故か不貞腐れて唇を尖らせる稜君が可愛くて、私はしばらく笑い続けていた。
それからも稜君は、家に着くまでずーっと“俺がパパだったら、何かイヤだもん!!”と頭を掻きむしり、やっと着いた玄関先でも、まだこうして悩んでいる状態だ。
「いいから! 開けるよー!」
このままでは埒があかないと、玄関を開けた私の耳に届いたのは、お母さんの甲高くてムダに元気な声。
「きゃー!! いらっしゃーい!」
「……」
いい歳こいて、“きゃー!!”って。
そんなお母さんに、目をパチパチさせた稜君は、急に楽しそうな顔になって、
「初めまして! 川崎稜です!」
クスクスと笑いながら、自己紹介をした。
それから言われるがままにスリッパを履いた稜君と、廊下を歩く。
「ねぇ、何で急に楽しそうになってるの?」
さっきの稜君の笑顔に疑問を抱いて質問をした私に、彼はいたずらっ子のような笑顔を向けた。

