「だけど、」

再び口を開いた稜は、“情けないけど”と、自嘲的に笑いながら話を続ける。


「今の俺じゃ、余裕がなさすぎる。何かあった時に、美月ちゃんを支えてあげられないかもしれない」

「……」

「もしも美月ちゃんが一緒に来てくれるとしたら、仕事を辞めてまでして、来てくれるんだ」

「そうだな」

「それなのに、俺の契約が一年で切れたら……。あの子の人生、滅茶苦茶になるだろ」

「……っ」

そんなこと言わないでよ。

“そんな事ない!!”って、今すぐに目の前のドアを開けて伝えたかった。


――でも。


「そんな無責任な事、出来るわけない」

そう言い切った稜君の声を聞いたら、私はやっぱり、何も言えなくなってしまった。


今まで聞いたどんな声よりも辛そうな、稜君のその声。

それでも、私に傍にいて欲しいと……そう言ってくれた稜君。


私は、どうしたらいいのだろう?

一体どうしたら……。


静かに、誰にも聞こえないように息を吐き出した私は、流れる涙を拭った。

昨日の夜、決めたじゃん。

稜君がどっちを選んでも、ちゃんと笑おうって。

だけどやっぱり、そんなの強がりで……。


私は、稜君の傍にいたい。

どうしたって、その気持ちは消えるはずも、薄れるはずもない。


私は静かに踵を返し、客室に向かって歩き出した。

ドアを開けた客室は、まるでさっきの時間が嘘だったみたいに、何も変わっていない。

ぼんやりと光る、深緑の時計の光だけが、進んだ時間を私に認識させる。


小さく上下する、おねぇーの布団。

私はもう一度息を吐き出して、すっかり冷たくなってしまった自分の布団に潜り込む。

瞬間、私の布団に手を伸ばした後は――他でもない、てっきり眠っていると思ったおねぇーで。

驚く私の身体を、そのままギューっと抱きしめた。


せっかく我慢していたのに。

そんな事をされたら、また涙がボロボロ零れて出てしまって、堪えきれずにしゃくり上げた。


「おねぇー……っ」

「うん」

「人を好きになるのって、苦しいね」

「……そうだね」


そうしてまたこんな風に、弱い私が顔を出して、どうしようもなく弱い言葉を零してしまう。