「えっと」

目を閉じて、稜君の体にすっかり身をゆだねていた私に、ちょっと気まずそうにかけられた声。

ゆっくりと顔を上げた私の目の前には、稜君の顔があって……。


「え?」

言葉の続きを待ちながら、瞬きを繰り返す私の顔を、少し驚いたように見開いた目で見る。

そしてその目をギュッと瞑り「よしっ!!」と、よくわからない気合いの言葉を吐き出した。

呆気に取られる私の目の前でそれを開くと、腕の中から解放した私の手をグイッと掴む。


「お尻冷えちゃうから、取りあえず立とう!」

よくわからないまま立ち上がった私のお尻の汚れを、パタパタと叩いてくれた稜君は、その顔を見つめたままの私に、ちょっと困ったような表情で言ったんだ。


「せっかく煩悩を振り払ったんだから、あんまり見つめないでねー」

ぼ、煩悩!?


「ご、ごめん!! 私、そんなつもりじゃ……っ!!」

慌てる私を見て、今度は楽しそうに笑うと、耳元にそっと唇を寄せる。


「ここは人目があるから、部屋に戻ってからね」

「な……っ!!」

囁かれた低い声に、自分の体がカッと熱を帯び、あからさまに顔を逸らしてしまった。


「あははっ! 行こ! ポーキーはもう待ちきれなくて、寝ちゃってたよ」

そう言うと、顔が真っ赤なままの私の手を取って、ブンブン振りながら歩き出した。


その少し前を歩く横顔に、オズオズと顔を上げる。

――稜君だ。

少しだけ湧き上がってきた実感に、私の頬はすっかり緩んでしまって……。

そんな私を、振り返りながらチラッと見た稜君は、「人の気もしらないで、嬉しそうな顔しちゃってさぁー」と、ちょっと不貞腐れてみせる。


「もー、俺がどれだけハラハラしたかっ!!」

「え? “ハラハラ”?」

「そうだよー!」

ポカンとする私の手を引きながら、もう片方の手でエレベーターのボタンをポチッと押した。