目の前で、まるで私を嘲笑うかのように言い放った彼に、思わず口を開いた。
「どっちが本当の杉本さんですか?」
「……どういう意味?」
「今日は随分大人気ないことを仰るんですね」
「……」
「失礼します」
苛々とした気持ちのまま言葉を吐き捨て、頭を下げて彼の横を通り過ぎようとした瞬間――
「……っ!!」
私の腕を掴んだ、杉本さんの大きな手。
バッと振り返った私に、杉本さんは言ったんだ。
「諦める気、ないよ?」
「無理です」
「それは、やってみないとわからない」
この人は、本当に昨日までの杉本さんと同一人物なんだろうか?
あまりの豹変っぷりに、まだ困惑している。
「昨日までの杉本さんだったら、“百億が一”くらいは、好きになる可能性もあったかもしれませんけど」
「“百億が一”か。それも随分だな」
「だけど、もう100%あり得ません」
「あっそう。まぁマイナスからのスタートって事で、頑張るよ」
「……失礼します」
あの余裕の表情は何なのか。
怒りで、鳥肌が立つ。
“恋する者には、バラの花も棘なしに見える”。
「……そんなんじゃない!」
込み上げるのは、怒りと悔しさ。
自分で勝手に疲れて、勝手に稜君の気持ちを想像して……。
“辛い時は、ちゃんと辛いって言って”
“淋しい時は、ちゃんと淋しいって言って”
稜君。
稜君はそう言ってくれていたのに。
自分のロッカーから、カバンを引っ手繰《ひったく》るように取り出すと、足早に会社を出てすぐにタクシーを拾った。
「……」
ちゃんと稜君に話そう。
全部、全部。
本当は、毎日メールを送りたかった。
声が聞きたかった。
でも……邪魔しちゃいけないと思って出来なかったって。
それに、どれだけ稜君からのメールや電話が嬉しかったか。
全部、稜君に伝えよう。
稜君がいない事が、こんなにも淋しいって。