それを聞いても私の頬に添えた手を離す事のない杉本さんに、もう一度口を開く。
「私、彼氏がいます」
そう……。
さっき、私の胸が震えたのは、稜君に申し訳ないと思ったから。
ヤキモチ妬きだと言った稜君。
私を好きだと言ってくれた稜君に、申し訳ない気持ちでいっぱいになったから。
「彼が大好きなんです。なので、手を離して下さい」
目を見据えたままの私に、一瞬驚いた顔をした杉本さんは、何も言わずにスッと手を引いた。
「気持ち伝える前にフラれたのは初めてだな」
「……すみません」
「そんなに好き? その“遠い所にいる彼”の事」
「どうして、その事を?」
驚きと戸惑いを含む私の声に、杉本さんはチラリと私を見たあと、手元の書類に視線を落とす。
「あー、他のヤツらに聞いた。遠距離なんだろ? だったら――」
また私に視線を戻した杉本さんは、自信ありげに微笑んだ。
「まだチャンスはあるな」
「……は?」
思わず眉を顰めると、杉本さんはフッと笑って言葉を続ける。
「“近火で手を焙る”ってのも、悪くないんじゃない?」
「え?」
“近火で手を焙る”って……。
「そう。手を温めるなら、遠くの火を当てにするより、小さくても近くの火に頼る方がいい。俺は、そう思うけど?」
さっきから、余裕のある微笑を浮かべる杉本さんに芽生えた感情。
それは、少しの困惑と――感謝の気持ちだった。

