「最初に言っとくけど、俺、彼女なんていないよ?」
「えっ!? 嘘だ!!」
驚き過ぎて思わずそんな言葉を口にした私に、稜君は唇を尖らせる。
「ウソ吐いてどうするんだよー」
「じゃー、さっきの人は?」
頭から離れることなく、鮮明に脳裏に焼き付いている、あの綺麗な女の人。
それにまた胸を痛める私の目の前で、稜君は少しつまらなそうな表情を浮かべる。
「ねーちゃん」
「は?」
“ご期待に添えなくて、悪いけどー”なんて言っている稜君に、思いっきり眉を顰めてしまった。
疑っているとかではなく、何だか腑に落ちないというか、「へぇ、そうなんだ!」で片づけられない状況というか。
「ホントだよー? 俺、四人姉弟の末っ子。しかも上は全員、女」
「……」
「まだ、疑ってる?」
「じゃーあのヘルメットは、お姉さんの?」
「ヘルメット?」
「バイクに乗る時、貸してくれた」
「あー! そうだよ。俺、いっつもパシられてるから」
やっぱり唇を尖らせて、不満気な表情を浮かべる稜君の言葉に、固まって冷たくなっていた私の心が、少しずつ温められていく。
「でも、なんでそんな事?」
「香水の匂いが……」
「あー!! あの甘ったるいやつかっ!!」
彼女でもないくせに、まるで彼氏の浮気調査でもしているような自分に、何だか申し訳ない気持ちになってしまう。
だけど、それを特に気に留める様子もなく、モゴモゴ喋る私の考えを覚った稜君は、ちょっと困ったような顔をすると、大きな手を私に向かって伸ばした。
「嫌な思いさせて、ごめんね」
そのまま手を私の頭に乗せ、そこをそっと撫でたんだ。
“触れたいと思うのは、好きな子だけ”――あの日の稜君の言葉が、さっきから頭の中に蘇って、こうして彼の温もりを感じる度に、私の鼓動は速まってしまう。
「彼女に関しては、納得?」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、稜君は私の様子を窺うように顔を覗き込む。
「うん」
「よし!」
「じゃー次は、美青ちゃんの事。あの時も言ったけど、」
「“あの時”?」
「結婚式の時!」
「あ、うん」
「俺、美青ちゃんにそういう感情を抱いた事は一回もないよ?」

