「あれ? 川崎さん、いませんか?」
振り返ろうとした私の背後から突然知らない声が聞こえて、驚きながら振り返ると、そこには少し首を傾げて、血圧計の箱を持つ看護師さんが立っていた。
「宮崎さんのご紹介で、お見舞いにいらした方ですよね?」
「あ、いえ……」
中まで聞こえてしまいそうな大きい声に、若干慌てながら小さく首を振った瞬間。
カラカラという静かな音を立てて、内側から開けられ扉に肩が震えた。
「あー、いらっしゃったんですね!」
目の前の看護師さんが、私の背後に視線を向けて、そこに立っている人物に笑顔を浮かべる。
「あぁ、ごめんなさい。血圧計る時間でしたね」
それから少し遅れて私に届いたのは、さっきよりも近くに感じる女の人の声と、あの甘い香水の香りだった。
「……あら? 稜のお友達?」
立ち尽くしたまま動けずにいた私にかけられるその声に、ゴクリと息を呑んで、ゆっくり振り返る。
「美月……ちゃん?」
「え?」
それと同時に私の瞳に映ったのは、ベッドの上で目を見開く稜君の姿と、彼の言葉に大きな反応を示したあと、私をじっと見つめる稜君の彼女だった。
目の前に立つその人は“大人の女の人”。
目が大きくて、鼻筋がスッと通っていて、綺麗に口紅がひかれた薄い唇は、口角がキュッと上がっている。
緩やかなウェーブがかかった長い髪の毛は、上品な色にカラーリングされて毛先までツヤツヤ
女の私でも見惚れてしまいそうなほど、綺麗な人だった。
「美月ちゃん、どうしてここ……」
「……っ」
今日も自社ブランドのブラックのスーツに身を包み、髪はボサボサだし、緊張して寝不足だったからクマだってひどい。
だけど、それだけじゃなくて。
“気持ちだけでも伝えよう”だなんて思っていたこと自体が、独りよがりでムダな事。
いざ彼女を目の前にしてしまうと、そんな思いがこみ上げて、自分が無性に惨めに感じられて……。
もうその場には居られなかった。
「ごめんなさい」
「え?」
決して大きいとは言えない声で謝罪の言葉を口にした私は、稜君から逃げるように、病室の入り口から駆け出した。

