――立ち聞きをするなんて最低だ。
だから、早く立ち去らないといけないと思うのに……。
足が床にくっついてしまったみたいに、その場から一歩も動けない。
「あんたも、物好きよねぇー」
「別にそんな事ないよ」
ちょっと上から、どこか楽しげに話す女の人の声と、いつもよりも僅かに低く感じる稜君の声。
未だに動けないでいる私の、扉を一枚隔てた向こう側で、会話が再開される。
「だってその子、他に相手がいるんでしょ?」
「……っ」
“他に相手がいる”。
それって、おねぇーのこと?
たったその一言に、どうしてここまでと思うくらい、心臓が激しく鼓動を始める。
何も答えない稜君に、その女の人は「もう、諦めたら?」と、軽く口にした後、
「待ってるこっちの身にもなってよ」
溜め息交じりに、そんな言葉を続けた。
あぁ、そうか。
今このドアの向こう側にいる女の人が……。
私はその女の人の一言で、最上さんの話をしてくれた時の稜君の言葉を思い出したんだ。
叶わない想いを抱いていた最上さんは、“それでもいいから”と言われて、ずっと好きだった人への気持ちを捨てきれないまま今の婚約者さんと付き合い始めた。
あの時、その気持ちが少しわかると言った稜君。
そして、たった今耳にした、女の人の言葉。
「……っ」
“絶対に、気持ちを伝えよう”――そう強く思って来たはずなのに。
おねぇーを諦めきれない、稜君。
その稜君の想いが終わるのを待っている、稜君の“彼女”。
ほらね、結衣。
やっぱり思い過ごしだったじゃん。
八つ当たりにも似た強がりを心の中で呟くと、鼻の奥がツーンとして、目頭が熱くなる。
――もう帰ろう。
手をギュッと握りしめてその場から立ち去ろうと、足に力を込めた。

