目をぎゅっと瞑り、肩を震わせるあやかの頭を少年は優しく撫でてやる。

歩む足を止め、彼女の身体を抱きしめてやると、震える唇が何かを訴えた。

「…っ殺そうとした。私…お腹の中の子供殺そうとした…。
死んじゃえばいいと思ったんだっ…」

ホントはタバコなんて吸っちゃいけないこと分かってた。

でも、嫌いになってしまった人の子供なんて産めない。
堕ろす勇気もない。

死んでしまえばいいと思った。

それが一番楽になる道だと思ったから……


この状況から解放されたかった。


「無くなればいい命なんてこの世にはないよ。みんなみんな、頑張って生きてる」



彼女の背中を撫でながら、少年はゆっくりと囁きかける。

彼女はそれから不安な気持ちも何もかもを少年に話し、もう一度よく考えてみる、と笑顔で告げた。

何でも話せてしまうこの独特な優しい雰囲気もまた、少年の大きな魅力の一つである。


この業界では実に珍しく、そんなとこもまた女性を引きつける要素になっているのだ。


少年が「行こうか。」と手を差し出すと、二人はまるで恋人同士のように手をつなぎ、昼の新宿の人混みへと紛れていった。





-翌日。

「アイカ 2時間 \10,000パラダイス102号室」

PM6:00

少年はポケットの中からメモを取り出すと、そこに記載されている場所と、今、目の前に堂々と煌びやかに立ちはだかるその建物を交互に見て、足を進めた。

今日の一番の仕事だ。

睡眠は先ほどまで十分にとっていたし、常連の客とではない久々の仕事だ。

なんとなく、いつもより新鮮な気持ちになる。


102号室の前に立つと、チャイムを2回ほど鳴らした。


これは売り子と客の間の共通ルールだ。


2回鳴り響いたのを確認した少年は、その場から一歩後退し、目線を少し上に向けながら深呼吸をした。

そして、カチャ…と少々遠慮ぎみにドアが開き、続いて中から出てきたのは、制服に身を包んだ、女子高校生だった。

「アイカさん、こんばんは、悠です。今日はご指名あり…」

ドンッと、肌と肌のぶつかる音が静かな廊下に響いた。

少年の背中に腕を回し、胸に抱きついたその客を、少年の腕が抱きしめかえす。