季節は五月。

この日の少年の客は、二十代前半の若い女性。

ちょうどお昼を回った頃、二人は待ち合わせをした。

「あやか。3時間。\5000」


その紙きれをポケットにしまい、ひとつ息を吐く。

この金額の意味は、体の関係を求める客ではないということだ。

時間帯的にもそれは言える。

昼間の客は、体ではなく、心を求め、少年を決まった時間、決まったお金で買う。


話し相手にやることや、彼氏役を求められること、要求は様々だ。

少年は、どちらかというと、心を通い合わせる取引は少し苦手だった。

さきほどの紙切れを見たとたんに出たため息は、おそらくそのせいだろう。

身体の関係は意外に楽だということがこの3年目にして分かったのだ。


心の関係は難しい。

もろい分、難しくて、壊せないから、またそこで慎重になる。


少年は久々の昼間の仕事で、ほんの少し、気が重かった。


少年が待ち合わせ場所に向かうと、すでにそれらしき人物の姿が目に入った。

腰まである長いストレートの髪が印象的で、どことなくキツそうな雰囲気を漂わせる一人の女性。

が、少年が待ち合わせ場所に現れ、名を名乗ると、まるで先程までの印象を否定させるように穏やかにニッコリと笑って見せた。

行こうか、と少年が手を取ると、ぎゅっと力を込めて握り返してくる。

その感触が何だか心地よくて少年も思わず笑顔になると、今度は声を出して微笑みを少年に向けた。

ふわりと風が訪れると、その髪からは甘い香りが少年の鼻を掠め、心地よい場所にいる感覚に陥る。

よく見れば、まだ水気の残るその髪をジッと見つめていると、あやかと名乗るその女性はイタズラそうに笑みを浮かばせ、

「タバコ吸う女は嫌い?」

と、ポケットから出した一箱のタバコを少年の前にちらつかせた。

「タバコっておいしい?」

逆に少年が問うと、あやかは大きな目をパチパチさせ、吸わないの?と驚いた表情をした。

「俺、吸ったことないんだ。なんか身体に悪そうじゃん」

「…へ~、今時珍しいね。どう?一緒に吸う?」

「いや、俺はいいよ」

少年がそう一言告げると、あやかは少し考えたのち、そのタバコを自らのズボンのポケットに戻した。

「どうしたの?」

「ん…なんか、吸いたくなくなってさ。
私もホントは吸うのやめようって思ってし。
っていうか…、やめなきゃいけないんだけどね…」


言葉が途切れ、不思議に思った少年は彼女に視線を変え、そしてその瞬間すぐに理解した。



その先に続いていたのは言葉ではなく、一筋の涙であった。