「…お姉さんじゃイヤ。沙織って呼んで」


他の客と同じ扱いをされた事に気付いた沙織は、背後から抱きしめられるその腕を自ら解き、先程まで無意識に繰り広げられていたその柔らかな笑みを消し去った。

白く透き通るその頬は軽く膨らんでいる。


が、自然と施された上目遣い、という行為によって、その怒りの雰囲気はどこか甘くかき消された。

「そこらの女と同じに扱ってもらっちゃ困るわ。特にあなたのような可愛い男の子には、ね」

腕組みをし、ふわりと微笑みを浮かばせるものの、どこか影があると感じたその少年の心理はきっと正しいであろう。

沙織は、大手会社社長の令嬢である。

気高く、常に身なりに気を遣うその姿はまさにそのもので、今の沙織はまさに、お姫様のお怒りといった様子であった。



「…沙織さん。俺の価値はいくら?」

質問形式を変えただけで、少年はそっと目の前のお姫様の身体を抱きすくめ、両肩にちょこんと顎を乗せながら再び同じ内容の質問を投げかける。

きちんと名前を呼んでくれ、また、一人の女性として認めてくれたことが嬉しかったのか、沙織はその抱きしめられた腕から顔を上げ、それはそれは甘い声で囁いた。

「私を満足させてくれたらたっくさんご褒美あげるわ。…あなたの好きなだけ、ね」


これが大人の女性の魅力というものだろうか。

昨晩相手をした中学生にはナイものがこの女性にはある。

年齢が違うのだから当たり前かも知れない。

女は特にそういう生き物であろう。

恋愛経験のない女と、たった一度でも恋愛経験を持つ女というのはやはり醸し出すオーラというものが違う。

「…満足、ね」

少年は微笑む沙織を通り越し、彼女の所有するバッグや時計、身につけている装飾品全てに目を光らせた。

どれも高級な品ばかり。

少年は貴重な資料を悟り、さらに営業スマイルに磨きをかけた。




「今夜は沙織のために、俺の全てを捧げるよ」

少年は、今まで何百回と呪文のように唱えたその言葉を目の前の女性に囁いた。


沙織もまた少年の首に自分の腕を絡ませ、「可愛がってね」と甘いフェロモンで少年を誘い、その瞳をゆっくりと閉じた。




これが少年、藤永悠の日常。