【短編】ブレンディ・ロマンス

「いなくならないで。」
「・・・・え?」
「私の前から、黙っていなくならないで・・・・」
「ちょ、ちょっと待って!ことり!!」


こみ上がる熱い切なさがことりが瞬きをする度にその頬を流れ、ぽたぽたと降り注ぐのを、言葉も忘れてこのままずっと見ていたいとすら願っていた崇也は何かとんでもない勘違いをされていることに気づき、遮るように停止の声をあげる。


「いなくなるって何!?俺、修学旅行行ってただけだけど」
「・・・・え?」
「メール、送っただろ?といっても今日だけど」
「・・・・ええっ!?」


目に涙を浮かべたまま、呆然とすることりに、崇也はゆっくりと笑みを口角に刻んだ。



「ふーん、「いなくならないで」かぁ。へーえ」


笑みをますます深めて、先程聞いた台詞をゆっくり反芻する。

相手の声で聞いて初めて、心のままに言った言葉の持つ意味に気づいたことりの顔が火を噴くように赤く染まった。


「俺がいなくて寂しかった?」
「っ・・・・・そんなことない」


いなくならないで欲しいと言った手前、反論してみたところで説得力はなかった。


「寂しかったというか、困る」
「ふーん、困っちゃうんだ?」



オウムの様に発言を返される度、恥ずかしさで居た堪れない気持ちになる。

そんなことりの心境に気づいているだろう崇也は尚も「何故困るの?」と瞳で問いかけてきていた。




「苦いの。珈琲」
「え?」
「一緒のときは甘いのに、柊君がいないと苦いの。だから困る。」




何故、苦いのか

何故、困るのか。


その理由に薄々気づいてはいるけれど、それを素直に伝える気にことりはなれなかった。ちょっとした仕返しだ。



言葉の意味をそのままに受け取った崇也の笑いが少し引き攣っている。




「これからもカフェに付き合ってください」


大仰ではなく天国から地獄へと突き落とされたような衝撃に崇也の思考が強制終了を起こした。


ぐらりとシャットダウンしていく意識を必死で繋ぎ止め、ことりの意図を再確認しようと尋ねる。