【短編】ブレンディ・ロマンス

その日は、久しぶりに納期まで日がないものが多く、残業したことりはコンビニで調達したアルコールの缶が入った袋を手に帰り道を歩いていた。

マンションの建物が見えたところで驚き、足を止める。



「瑞穂ちゃん!?どうしたの??」
「先輩ぃいいい~~」



入り口には数時間前、会社で別れた瑞穂が目に涙を沢山溜めて立っていた。






「ぐすっ・・・ご迷惑をおかけしまして・・・」
「大丈夫だから、何かあったの?」


ことりの姿を見せた途端、ダムが決壊したように泣き出した瑞穂を宥めながらも部屋に入れた。ソファを勧め、自分はその向かいへと腰を下ろす。


「郁士が今日になって急に会えないって、帰国子女接待しなきゃいけないから駄目だって」
「あちゃー・・・」



瑞穂の恋人である、瀬能郁士はことり達が勤務している会社の営業部主任である。だから全く知らない他人というわけでもない。

本人は隠したがっているが、実は大企業の社長息子でもある。

その立場からか、瑞穂と会う約束を土壇場でキャンセルするのは今日が初めてではなかった。



「もう私、わからなくって悔しくて、今日だって、ぐすっ・・・ずっと前から楽しみにしてたんですよぉお、それなのに~」



瑞穂が今日を楽しみにしていたのはことりも知っていた。

職場のデスクにある瑞穂の卓上カレンダーには今日の日付のところに大きなハートマークがピンクのペンで描かれ、何の日?と同僚達に冷やかされながらも嬉しそうに笑っていたのだ。


座る瑞穂の傍らに転がった彼女のボストンバッグからは付箋がたくさん付けられたタウン誌が悲しそうに覗いていた。


「・・・うん」


何とも言えない思いで楽しみにしていた瑞穂の気持ちを見ると、ことりまで胸が締め付けられる気持ちになった。

あとで瀬能主任にフォローするようメールを送っておこうと思いながら席を立つ。何かないかと冷蔵庫をあけたところ、2日前にクリームシチューを作るため買った牛乳が残っていた。


「主任は何て言ってたの?」
「仕事なんだから仕方ないって。俺だって好きで行くんじゃないからわかってくれって。」


小さめの鍋に牛乳を入れて火にかけながら、割った板チョコを木べらでゆっくり溶かす。溶けきったところで、マグカップにゆっくりと注ぎ入れた。


「私だって、そんなの言われなくてもわかってますよ。あんな聞き分けのない小さな子に言うように呆れた言い方しなくてもいいじゃないですか。」



どうやら、相手の態度が瑞穂には気に入らなかったらしい。