「・・・休みませんよ」

 私がぼそっと答えると、彼は振り返って切れた口の左端をきゅっと上げた。

「俺に会いたかったから?」

「斎のバカ野郎の店が気になったからです」

 まあそうだろうけどよ、彼は拗ねた口調でそう言いながら私が乗ったのを確認してドアを閉める。

 鞄からティッシュを出して、目元を拭いて鼻をかむ。

「―――――俺の家行くけど。ここで先に聞くほうがいい?」

 桑谷さんがそう言うのに、私は助手席にもたれかかって目を閉じた。

「・・・何でもいいです」

 彼は肩をすくめたようだった。シュルっと音がして、シートベルトを締めたのが判った。

 そして車が動き出す。

 ・・・・この人、どこに住んでるんだろう・・・。助手席で揺られながら、私は目を閉じてぼんやりと考える。

 名前は桑谷彰人、年齢・33歳、職業・百貨店の鮮魚売り場責任者、沈着冷静、たまに獰猛な目つきをする男。

 なんて意味のないものばかりなんだろう。結局、どういう人かが判らないんだわ、これでは。

 話を聞こうと思ったわけではない。


 ただ、彼から逃げるのを諦めただけだ。