品だしをしながらもずっと考えていた。
斎の話。どこまでが本当なのか。お金は返ってくるのか。だけど一体どこでそのお金を用意したのか。
倉庫の中で携帯電話に着信があったのに気がついた。私は手を止めて震える携帯電話をポケットから出して開けると、桑谷さんからのメールを見つける。
『今晩は空いてる?』
彼からのメールを見ると湧き上がっていた甘い気持ちは、今日は見当たらなかった。自分が緊張しているのが判った。
桑谷さんに言うべきかどうかで悩んだけど、何故かその気にならなかった。そしてとても冷静な気持ちで、ごめんなさい、今日は予定があるので、とだけ返信した。
ため息をゆっくりと吐いて携帯を閉じて荷物を持ち、倉庫を出る。
マーケットを通り抜ける時、鮮魚売り場をちらりと見たら、厨房で働く桑谷さんの姿が見えた。
包丁を握ってまな板に向かう、その表情は真剣だ。
私は歩きながら静かに口元に笑みを浮かべる。―――――――――あの人を、手に入れたい。その為には・・・。
斜め前の売り場で、斎が私に目をやって頷いたのが見えた。
了解した、ってことなんだろう。
竹中さんに商品を渡し、笑顔で世間話をしながら、そっと胸の中で決意した。
あの綺麗な悪魔と決別しなければ。
私の未来の為に。この手で、自分の手で終わらせてみせる。
今日、あの男とちゃんと向き合って過去を清算する。そうしなければ、私の新しい日はずっと来ないのだ。
その日はそれからは一度も桑谷さんのほうを見なかった。



