その返事で、急いで売り場に戻ろうなんて考えは吹っ飛んだ。今は仕事どころじゃあないわ!

 踊り場で一歩近づいて、周囲を見回す。人がいないことを慎重に確かめてから私は口を開いた。

「・・・それは・・・おめでとうと言うべきよね。いつの事?」

「一昨日です。・・・・・でも、断りましたので、おめでたいって話ではないんです」

「は?」

 彼女は真っ直ぐに私をみて言った。

「プロポーズは断りましたので。私は守口さんと結婚しません」

 つい、駆け寄って彼女を抱きしめたくなった。鞄を放り投げて、ブラボー!それは素晴らしい選択だ~っ!と絶叫しそうだった。・・・しなかったけど。

「個人的には、素晴らしいことだと思うわ」

 そう言うに留めておいたけれど、本当は、それどころじゃなかった。万歳三唱して思い知れバカ男!と言わないように、意思を総動員するハメになった。お腹に力を込めて笑わないようにひたすら我慢する。

 この子は賢かった。だけど、その選択をするに当たって傷付かなかったわけはないだろう。目の前でヤツを罵ってバカ笑いするのは得策ではない。私は必死に堪えて真面目な顔をキープする。

「でも、どうして?」

 一応聞くことにした。聞いて欲しいから、話だしたんだろうし。忙しいのはどこの売り場も同じだ。彼女だって時間は惜しいはずだけど、それでも話したかったから呼び止めたのだろう。

 小林さんは少し首を傾げて、悲しそうな笑顔で言った。