女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~



 急いでまた耳にひっつけた。外野にノイズを感じた。・・・外?

「桑谷さん、外ですか?」

 壁の時計を確かめる。夜の9時半過ぎ。

「今仕事終わったんですか?」

『うん、そう。明日はやっと休みなんだ。あー、疲れた。今週は人が足りなくて7連勤だった』

 ・・・それは大変お疲れでしょう。想像しただけでこっちも疲れた。

「大変でしたね」

 私が労うと、彼はハハハと笑った。

『大丈夫、君の声が聞けたし。会うことも出来て、今日はいい日だった』

「えーと・・・良かったですね」

 どう返していいかが判らずに平淡にそう言うと、またそんな、他人事みたいに・・・とぶつぶつ言うのが聞こえた。それから一息吸う音がして、静かな声が聞こえた。

『迷惑だったら言って欲しいんだけど・・・今からそっちに行ってもいい?』

 ドキン、と心臓が跳ねたのを感じた。

 ・・・何か、この懐かしい感じ・・・恋愛中、みたいな・・・。


 甘い期待がないわけではなかったが、それよりも彼が何を考えているのかが知りたかった。

昼間の食堂を思い出す。投げ出した足、だらりと椅子に寄りかかって、探るような威嚇するような視線で彼は私を見ていた。

 危ないことはするな、と言った。

 一体何を知っていて、何の牽制をしているのか。