郁は水面を見つめる。少年も右手を掴まれたまま、古ぼけたプールサイドで足を止める。


「魚が空を飛べるなんて、未だ思えないけど、でも、試してみる、だって、だって」


郁は少年の背中に手を添えると、ぽんと優しく背中を押した。きっと彼は鳥なんかではなく魚だったのだろう。翼なんて最初から無くて、空すら飛べなかった魚だったんだ。其の魚が両鰭を翼の様に広げる。そして、蒼に身を沈めていく。風が後を追う。飛び上がった水飛沫が少女の顔に掛かる。まるで、セピア色のスローモーション。



「魚が空を飛んだなら」

そう、きっと。



少年は水面から顔を出した。水色に濡れた髪の毛が額に張り付いている。郁は桃色の唇を動かした。少年の黒い眼が、僅かな光を反射する。

蒼い世界に、白魚が一羽泳いでいる。