長くて綺麗な黒髪を振り乱しながら、女は暗闇の荒廃した道なき道を駆ける。

前後に激しく揺れる懐中電灯だけが頼りなのか、尋常ではない程に汗で滲んだ掌から滑り落ちてしまわないように強く握り締めた。

一歩踏み出す度に落ち葉と小枝が、ローヒールサンダルを履いているその女の踵や足の甲に鋭く刺さり素足は血潮に染まる。

ズキズキとした痛みに顔を顰め額には脂汗を浮かばせるが、女は動きを停止しようとはしない。

傷の処置よりも、背後から迫り来る得体の知れないモノから逃れる事が最優先なのだ。

云いようのない恐怖と危機感に眼界は涙で滲むが、女は乱暴に目許を手の甲で拭った。


(早く、早く逃げないとアレに捕まる――…!)


荒い息遣いで走るその女の脳裏にある言葉はそれのみだ。

余計な事を思考する余裕もない程に、逃げる事だけが脳裏を埋め尽くす。