天使のような笑顔で

「さて、そろそろ俺は出張に行くから。彼女の事は、頼んだぞ」


「えっ!?」


いきなりの展開に、思わずそう訊き返していた。


だって、こんな傷だらけの彼女を残して出張って……。


「一通り見たけど、打撲と擦り傷程度だよ」


ふいに、白衣を脱ぎ始めた先生は。

まるで俺の心の中を覗いたかのように、こっちを見る事無くそう答える。


脱いだ白衣を椅子の背に掛けると、見慣れないワイシャツ姿が現れて。

何だか急に、この人も大人の男なんだと再確認してしまった。


「さっきも言ったけど、この間は肩もみをしてやっただけだから。お前がこの子を好きだって分かってて、手を出すわけないだろ?」


そう言った先生は、勘違いしてしまった俺を嘲笑っているかのようで。

何だか恥ずかしくて、まともに顔を向けられない。


「俺は好きな奴がいるし、中学生に手を出すほど困っちゃいないから」


そう言って笑うと、先生はどこかから持って来た背広をはおった。

上下グレーのお洒落な感じのスーツは、長身の先生にとてもよく似合っている。


「彼女が目を覚ましたら、ちゃんと話し合ってみろ。担任には、上手いコト言っといてやるから」


そして、先生は俺の手に何かを握らせてきた。

見るとそれは、【保健室】と書かれた札の付いた銀色の鍵で。


「これ……」


「俺が出たら、閉めていいぞ。後はご自由に。職員室には返しておいてくれよ」


可愛らしくウインクして見せると、先生は鞄を持って保健室を出て行った。


先生のペースに流されたままの俺は、何も言えずにその後ろ姿を見送るだけで。

この状況をどうしたものかと、とりあえず閉まったままの扉を見つめていた。