と言って目線を反らせた。
彼が記入した入学申込書の職業欄にはM製薬会社和歌山営業所と記入されていた。
裕子が次の言葉を捜していると、
「英会話をマスターして、親戚がいるサンフランシスコに語学留学しようと思っています」
と今度は打って変ったように彼の眼は燦然とし、言葉さえも輝いているようであった。   
裕子は来年には三十歳になる自分との距離を感じ、羨ましくもあった。
翌週から、柳井と乾は一緒にやってきた。
「平沼さん、授業が終わった後、皆でマイクと一緒に食事に行くけど、どうですか」
柳井は受付カウンターの前で誘ってきた。
「でも、今日は九時を過ぎると思うけど」
「いいですよ。僕達は八時半に授業が終わるから先に行って待ってます。他の連中も平沼さんが来るのを楽しみにしているから」
「それじゃ、ご一緒させてください」
柳井は後を振り返り、クラスメートに手で大きな丸を作って見せた。
裕子は定刻の八時に退社することは稀で、今日も授業の満了期間が迫っている生徒に更新を頼むために彼女のクラスの終了時間まで残っていた。
裕子の努力に対する評価は特になく、更新した生徒を担当する講師に手当てが上乗せされるだけだった。
会社は本部への送金額が増えて当然という考えが根本にあったからだ。
柳井達のクラスは授業終了の八時半を過ぎても雑談していることが多く、今日も教室を出てきたのは九時近くになっていた。
「平沼さん、待っていますからね。マイク、先に行ってるよ」
と声をかけてから彼等は出て行った。
九時丁度にパトリシアが担当している中級クラスが終了したので、裕子は更新を控えた生徒を呼び止めた。
「今月で契約が終了しますが、また一年更新してもらえますか」
「私止めます」
「中級まで勉強されているのにもったいないですよ。マスターまで頑張れば?」