彼女は事務室で母親が作ってくれた弁当を食した後、コーヒーを飲んでいた。
「すみません」
カウンターで男性の声がした。
裕子は慌てて事務室を飛び出すと、
「あっ、乾さんですか」
と、咄嗟に出てしまった言葉に、自分自身が驚いた。
が、男性の方もそれ以上に、驚きを隠せない様子だった。
「乾ですが、名札は付けていませんが」
「ごめんなさい。柳井さんから伺っていたので、多分そうじゃないかと」
「ああ、それで。柳井からは半ば強制的に薦められました」
季節は初冬になっていたが、乾は日焼けで真っ黒な顔に笑うと白い歯がさわやかな印象を与えた。
「出来たら柳井と一緒のクラスにしてもらえませんか」
「柳井さんのクラスは定員の十人になってしまっているのですが、講師には柳井さんの友人ということで了解してもらいます。皆さん気さくな人達ですよ」
「柳井がいるのですから想像はつきます。英会話の勉強よりも宴会部長でしきってい
るんでしょう」
「まぁー、そんなとこでしょうか」
「良い奴なんですが、宴会部長が天職なんですよ」
彼は屈託なく笑った。
乾篤志は柳井と同じ二十四歳で、二人は同じヨットクラブに所属していた。
「冬場もクルージングをされるのですか」
「僕達のはクルージング艇じゃないんです。二十四フィートの小さなレース艇で、柳井
や彼の仕事仲間と共同出資で買ったものです」
「海の男たちですね。乾さんも柳井さんも」
「そんなカッコイイものじゃないですよ」
「そうですか、国際レースで外国選手と交流されるために英会話の勉強をされるのですか」
という裕子の問いに、
「仕事に---」